【前回の記事を読む】「僕、おねしょしないし、お父さんの言うことも聞くから、お願いだから一緒にいてね」大粒の涙が僕の目から湧き出ると…

第一章    今生の別れ

二〇〇一年十二月二十四日 

父が十歳の時に祖父が他界し、ふくちゃんは喫茶店を経営しながら父を育てた。

その父が高校を卒業して調理師の資格を取ると、ふくちゃんは喫茶店を任せ旅行するようになった。最初は国内旅行で満足していたが、突然海外にも一人で行くようになった。

母の事件があった日も、イギリスから帰国したばかりだった。自由奔放で、毎日出かけていたふくちゃんも、母の死を受け入れ難いのか食欲もなく元気をなくしている。

姿が見えなくても、声が聞こえなくても、母の魂が視える僕は、まだ幸せなのだと思えた。ふくちゃんに気づかれないように母の魂を目で追っていると、玄関のチャイムが鳴った。

ふくちゃんが階段を下り玄関へ向かうと、ほどなくして大柄な男と一緒に戻ってきた。父の中学校時代からの友人、多木江(たきえ)春樹(はるき)だ。

小学校を卒業するまで人を寄せ付けず、友達のいなかった父にとって、唯一無二の親友だ。

「春くん、コーヒーでいいわね」

ふくちゃんがキッチンに入り、コーヒーを入れる。

「春くん、こんにちは」

父とふくちゃんの影響で僕も、「春くん」と呼んでいる。春くんは、悪い人をやっつける仕事をしていると父に聞いていたので、僕にとってはヒーローだった。「光、久しぶりだな」

春くんは僕の頭を撫でると、父のいる和室に行き、仏壇の前に腰を下ろした。線香をあげ手を合わせ、ゆっくりと頭を下げると、母の魂が、春くんの頭上で上下に揺れ動く。

「春くん、ありがとう」と、言っているようだった。