思わず不安になって、菅野さんのくれた聖書を、ぎゅっ、と抱きしめる。

こういう時、ラファは私の前に現れてくれる。スカートを持ち上げてくるくると踊ったり、足をぱたぱたさせたりして、私が落ち着きを取り戻せば、微笑みを浮かべて声を掛けてくれる。

「大丈夫。涼は安心していて。私が守ってあげるから」

記憶の中で、そう言ってささやく彼女の手が、私の手から絵筆を取り上げた。

(……昔は、絵を描いていたんだっけ)

いつのころだったかは覚えていないけれど、ラファは絵筆を持っていた。なんと、紅い絵の具で、白いワンピースにぐるぐると渦巻の紋様を描いている。

「ほら、涼。も少しシャキッとしな」

永ちゃんがぽんと背を叩く。知らない所へ来た緊張から、寝ぼけてぼんやりしていた意識が次第に覚醒していくのが感じられる。眼前には広い洋風の庭園がある。

手入れの行き届いた植物が整然と配され、名も知らぬ草でさえ、丁寧に育てられているように見える。朝露に濡れてしっとりした芝生を踏みながら進んでいけば、木造の建築が現れた。

(ここは……?)

どうやら、たくさんの人が集う場所のようだ。白い息をはきながら朝の挨拶を交わす声がそこかしこ聞こえて、私と永ちゃんの後から来た人の数は一〇人を下らない。

建物へ入ると、十字架が最初に目に入った。木のベンチがずらり並んで、仰ぎ見れば輪の形をしたシャンデリアが吊るされている。両側の壁にステンドグラスがはめ込まれ、朝日を受けてきらきらと輝いている。

右側のステンドグラスが虹の架かった青空をモチーフにしているのに対し、左側のステンドグラスは、空から金色の光が降り注いでいる様子を表している。

ベンチに腰掛けている人たちは、互いに和やかに挨拶を交わす。中には思いつめたような表情の人もいたけれども、そういう人のことを周りの人びとがそっと見守っているのが伝わってくる。

「え、永ちゃん。ここは?」

「ここは、俺がお世話になっているカトリック教会だ」

「……カトリックというと、キリスト教の?」

永ちゃんは頷く。その顔を正視できなくて、私は唖然と、周囲を見回した。

次回更新は4月28日(月)、22時の予定です。

 

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