【前回の記事を読む】出産する時は、実家の人間に立ち会ってほしくない。特に「犯罪者」の母は真っ平ごめんだ。しかし、鈍感な両親は…
劉生 ―春―
「民事で決まった金額まるまる払うのは無理でも、毎月の報奨金くらい、全額鹿島さんに送れるだろ。たとえ数千円でも。そういうこと、なんでしないんだよ。そっちが必要なお金は親父に差し入れてもらえばいいじゃないか」誰も口をきかない。
「そんなんでよく仮釈が決まったな。信じられねぇや」誰かなんとか言え!
「親父だって、少しは送れないことないだろう。俺は家に毎月ずいぶん入れてるぜ。なのになんで払おうとしないんだ?」
「そのことはね、おかあさんが戻ってきてから、二人でじっくり相談する。そのつもりでいるからおかあさんだって、戻ってすぐに働き始めるんじゃないか。今までは、お前たちを育てるのに精いっぱいだったが、これからは違う。二人でなんとかしていく。お前たちには関係のないことだ。今おとうさんが払ったら、お前のお金を使っていることになる。それはできない」
親父が妙に落ち着いた口調で理屈をいい出した。こんなことなら親父へ話題を振るんじゃなかった。問題はこの女の方だ。その気持ちがあるんだったら、わずかずつでも送ればいいじゃないか。なんでそれをしない?
「金持ちに慰謝料請求されて、癪なのかよ」
「おにいちゃん、なにもここでお金の話を言い出さなくっても」
「一番大事なことじゃないかよ。償う気持ちがあるなら、普通払うだろう。そういうことくらいしか、こっちにできることはないんだから。向こうは手紙を受け取るのだって拒絶してるし」
「そういうことはおにいちゃんとあたしがあれこれ考えることじゃないと思う。おとうさんとおかあさんに任せる以外にないと思う。それでいいんだと思う」
「それでいい? どこがいいんだ。わかったような口をきくな」
「わかったようなこと言ってるのはおにいちゃんの方でしょ。他人があれこれ興味本位で書いたものを読んで、鵜呑みにしてそういうこと言ってるの、あたしちゃんと知ってるんだから」
「鵜呑みにしてだと? 漢字もろくに読めないくせに、ずいぶん偉そうな口をきくようになったな」
「やめないか!」
親父がとうとう怒った。女の方を見ると、泣いちゃいない。痛みを堪えている表情でもない。顔の筋肉を硬直させて、唇を引き結んでいる。
そう、そう、この顔だ。俺が想像したとおりの顔だ。ある一線から向こうを考えまいとしている顔――俺がお袋の起こした事件を扱った本を読みながら、思い描いた顔そのものだ。
おそらくお袋は公判中、終始こんな表情をしていたに違いない。判決を受けたときも、こんな顔だったろう。