【イチオシ記事】九の歳に重い疫病を患って両目を失明。息子の行く末を思いわずらっていたら、藩内でも有数の篠笛の吹き手に

指切り宗佐 愛恋譚

二 瑠璃の笛

吹き続けるうち、やがて宗佐はどこかから近付いてくる人の足音に気付きました。笛の手を止め、耳を澄ますと、墓場から塔頭に通じる小砂利を敷いた細道を、誰かが小股に踏み締めてくるようです。やがて宗佐は、その足音の主が縁側に面した、わずかにツツジが植わったばかりの狭い庭に立ち止まったことを感じ、思わず耳をそばだてました。

「申し。……今しがた笛を吹いておられたのは、あなた様ですか?」しわがれ声ながら丁重な口調で宗佐に尋ねた声の主は、どうやら中年過ぎの女性のようでした。

「そうでございますが?」宗佐は、いつもの優しい口調で答えました。

「恐れ入りますが、今少しばかり、お暇をいただけますまいか?」

「さて、どのようなご用向きでしょう?」

「あなた様の笛の音を聴きたいと望む方がおられるのです。その方の願いを叶えていただけるならば幸いと思い、このような夜分にお伺い致したのです」その言葉遣いは、この中年女性が高い身分に属していることを物語っていました。

「失礼ですが、どなた様でいらっしゃいますか?」宗佐は不審に思いながら尋ねました。このような夜更けにそうした身分の者がいきなり尋ねてくることが、いかにも不自然だったのです。

「私共は信濃の国のさる武将の家中の者で、下総の国に赴く旅の途上に、さるわけがあってこちらに留まっているところなのです。今宵あなた様の笛の音を聴き付けた私共の姫君が、あの笛を今一度お聴きかせ願いたい、と申しておられるのです」

「光栄なことではございますが、あいにくわたくしは目の光を無くしておりまして、たやすくはお伺いできかねるのです」いわれのない不安を感じた宗佐は、婉曲な言い方で断ろうとしました。

「それならば、心配はいりませぬ。私が案内(あない)いたしますゆえ」