そう言うと声の主は有無をも言わせぬまま宗佐に手際よく草履を履かせ、笛を持たせ、その手を取って導き始めました。軽く添えたその手は驚くほど冷たくて細く、宗佐はまるで骸骨にでも触れているかと思うようでした。
あちらこちらを右や左に曲がらされたので、どこをどう通ったのか場所や時間の見当も付かなくなりましたが、いつしか宗佐は大きな屋敷のような建物の中に導き入れられたことを感じました。
旅の途上と言うからには、これは本陣でもあろうかと思いましたが、しかし宗佐が知る限り、歩いて通うことのできる近所にそのような建物があるはずはありません。不審に思いながらも、宗佐はよく磨き込まれた長い廊下を幾度か曲がって広い座敷らしい部屋に通され、厚い座布団の上に座らされたことを感じました。
時々起こるかすかな咳払いや衣擦れの音は、周囲に並び控えている家来たちのもののようです。こちらが姫様にございます、と言う改まった声が聞こえ、宗佐は思わず畳に両手をついて挨拶をしました。
「どうか、面(おもて)を上げてたもれ。このような遅い晩に私共のわがままな願いをお聞きいただき、礼を申します。今宵は月が見事だというので、障子を開けて月を眺めておりましたところ、あまりにも美しい笛の音が聴こえてまいりましたものですから、今一度お聴きしたいと願わずにはおられなかったのです。お名は何と申されるか?」
やや離れた上段のようなところから、瑠璃の笛のように透き通った優しい声が尋ねました。
「奥貫宗佐と申します」
「わらわは、花島の沙代里と申します」
清らかに澄んだその声から宗佐は、姫君がまだ二十歳にもならぬ乙女であろうかと思いました。一椀の香り高い茶を供された後、先ほど彼を導いた侍女らしい声が姫に笛を吹いて差し上げるように求めました。