宗佐はためらいながらも懐から笛を取り、姿勢を正し、息を整え、先ほど吹いていた『昴に捧ぐ』を吹き始めました。周囲からは、これは見事なといった囁きや、感嘆の唸り声が聞こえて来ます。吹き進むにつれて囁き声は静まり、一同は笛の音に一心に聞き入っている様子です。

宗佐の心から初めの雑念が薄れるにつれて、その笛は持ち前の繊細で流麗で抑揚豊かな音色を取り戻してゆきました。吹き終えると、感嘆のどよめきが沸き起こり、ぜひまた次の曲をと所望され、結局宗佐は普段吹き慣れている四つの曲を吹き終えました。

「まことに心が澄み渡るような調べでした。かほど見事な笛の音は、未だに聴いた覚えがないと思われるほどです」深い感慨のこもった声で姫が言いました。軽く会釈をしながら、恐れ入りますと宗佐が答えた時、間もなく夜明けにございます、という侍者らしい者の耳打ちが脇の方から聞こえました。

「そうか、早いものじゃ……。もうおいとませねばなりませぬが、宗佐殿、もしも障りなければ、明晩も参ってはいただけますまいか? 礼は後ほど、何なりと差し上げますゆえ」名残惜しげな声で姫が宗佐に頼みました。

「……はい……それでは和尚様のお許しをいただきました上で……」とためらいながら返事をしかけた時、それはなりませぬ、という野太い男の声が別の場所から響きました。

それがしどもは格別の所用によってこちらに逗留しているのであるから、今宵の出来事を他の者に告げられては困ると言うのです。宗佐の心には再び不審の念が首をもたげようとしたのですが、しかしそれを忘れさせたのは、もう一度自分の笛を聴きたいと願う沙代里姫の、真率な思いのこもった、清らかに澄んだ声でした。

 

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