あったはずなのだが、どこかに整理したのだろうか。戸棚を探したが、そこではないと良子は目で示した。彼女は指でナースを呼んだ。来たナースさんは良子の求めを聞き、水差しと受け皿を持ってきて良子が口をすすぐのを助けた。
良子は更に痩せていた。手に触れようとしたら、首を振った。体を動かそうとした。「大丈夫か?」と訊ねると、「動かさなければいけないと言われた」と言った。
私は手伝わなかった。本人の判断の範囲で任せるほかなかった。
1時間ほどいて、夜また来る、と言って立ち上がった。良子はわずかに手を振った。顔は無表情であった。
6時過ぎに駅であい子を拾い、病院へ行った。病室に入ったのは6時半であった。看護師が良子の血圧を測っていた。
「睡眠薬で幻覚を見た」と良子は言った。壁のようなものを目の前に見たというのである。
「それで、睡眠薬を(点滴に加えるのを)止めてもらった」
そのせいだろうか、痛む、と良子は言った。目を閉じて、かすかな呻き声を上げ続けた。私は辛かった。
次の痛み止めの投与は、9時とのことであった。痛むからとやみくもに鎮痛剤を与えるのは、避けなければならないのだろう。1時間余りいて、私たちは部屋を出た。良子は手を振ったが、弱々しいものであった。
陰暦10月15日の月が雲間から見え隠れしていた。
次回更新は4月23日(水)、20時の予定です。
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