「無理ですよ……、工期が……」と。
午後二時から立ち会いが始まった。名刺を交換する。出席者は市の工事監督村上と、昨日電話で話した業者の監督山村、それに沙那美だ。
「昨日も話したようにこの菩提樹はわたしたちの町にとっては、〝神木〟ですから、かけがいのない大切な樹なんです。一言も市民に説明もしないで勝手に伐ってもいいんでしょうか?」
抗議などあまりしたことのない沙那美の声は少しうわずっていた。
「いえ、自治会長さんには了承を得ていますよ。地域の方にも説明してください、とお願いしたんですが……ね」
「普通はこのような案件は地元説明会を開催すべきとおもいますがいかがですか?」
彼女はあまり強く言ってはいけないとおもっていた。イソップ童話『北風と太陽』ではないが、無理強いはしたくない。殻に籠もられたら大変だ。それに自治会長はこれから会員に知らせるつもりなのかもしれないのだ。
「しかしですね。車道がここだけ狭いと事故が起きやすいんです。設計変更するわけにいきませんね」と市役所の村上は応えた。
「いえ、わたしが訊いているのはなぜ、地元説明会をしなかったのですか、ということですけれど」
国会答弁ではないのだ。誠実に応えてほしい。
次回更新は4月12日(土)、22時の予定です。
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