何か嫌な夢を見た。誰かが頭の中で、「サヨナラ」と言ったような気がした。妙に生々しい声で、和美はガバッと跳ね起きた。ひどく胸がドキドキしていた。

「まさかよね、まさかそんな‥‥」

サヨナラと言った声が妙に耳に残っていた。和美は周章てて着替えると杖を片手に部屋を飛び出した。

小屋の中はがらんとしていた。窓がカタコト鳴って人の気配はなかった。手を差し出しておずおずと歩を進めたが、段差に躓いて転んだ。その拍子に指先が床板に触れた。手で辺りの様子を探るまでもなかった。誰もいないのは明らかだった。

「ガ、ガイ骨さん‥‥?」

思わずカッと目を見開いていた。無論返事はなかった。ひどくもどかしかった。闇の向こうにうっすらと板敷きが見えたような気がした。片隅にきちんと毛布が畳まれていたような気もする。

「ねえ、ガイ骨さん、ウソ‥‥でしょう?」

目の奥が痛んだ。キーンと耳が圧迫されて吐き気がした。ふと土間に目がいった。何かを書いて消した跡があった。それはサヨという文字だったような気がする。眩暈はどんどんひどくなり、気が遠くなりそうだった。

「ガ、ガイ骨さん、ガイ骨さぁん」

和美は辺りに響く声で叫んだ。ほとんど悲鳴に近かった。彼女は泣きそうになった。だがぐっと堪えると、また飛ぶように家へ駆け戻った。大変なことになったと思った。頭の中が真っ白だった。杖を忘れたことにも気づいていなかった。

    

次回更新は4月18日(金)、11時の予定です。

 

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