「先人が言うように、『桜は山桜』や」
悠輔は桜の園を手入れしながらいつも言っていた。夕子も赤銅色の葉ともに咲き初める山桜の控えめな美しさが好きだった。
(山桜って言うても、咲く時期は三月から四月と幅が広いし、花色も白から真紅に近いもんまであるんや)
夕子は落葉した山桜の苗木の出荷作業に疲れたとき、ちらほらと咲き始める冬桜を観ると、疲れが癒やされる。桜紅葉が終わり、冬桜が咲き始めたころ、市役所から定期検診の知らせが来た。夕子はまだ、後期高齢者ではないが、母が肺がんだったので、肺がんと大腸がんの検診も受けることにした。子宮がんは死んでもいやや。
しかし、洋式トイレは便を採収するには適さない。悪戦苦闘、ようやく二日にわたって便を取り、保健所に送り、大腸がんの検査を受けた。
二週間ほどして結果が届いたが、普段の元気はどこへいったのか独りで開けるのが怖い。
「桜子、悪いけど、一緒に見てくれへん?」と電話をかけた。
「どうしたん? 怖いん?」
次の土曜日、桜子は麻美と一緒に来て言った。
「あとのことがあるやん? 桜ん園が心配え」
「何……? 世話にならんってふんぞり返っとったくせになあ」
桜子は笑っている。
「そやけど、怖いさかい」
夕子は普段の元気が出ない。考えが悪いほうへ、悪いほうへといってしまう。夜も眠れないのだ。
自分の気の弱さにあきれる。
「今はたとえひっかかってもだいじょうぶや。がんは治る」
しばらく現れなかった悠輔も励ましてくれるのだが……。
夕子は検診結果の封筒を開けた。普段は聞こえない書類を開く音さえ聞こえる。
結果だが肺がんは問題なし。しかし大腸がんは要再検査だった。
次回更新は4月3日(木)、22時の予定です。
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