夕子はこの純白の椅子に座っていていいのだろうか。
(ウチはこの椅子が似合うような完全な女違うえ)
風が出てきた。少し寒い。
「忘れてええよ。おれのことなんて」
どこからか悠輔の声が聞こえる。
(そやけど……)
「ええんや。人生百年やで」
(そやけど……)
「この、おれが大好きな大紅しだれ桜の樹の下にその純白の椅子をずっと置いといてくれるか。それはおれの依り代や。おまえがどこにいてもわかるよう……おれはいつもここに降りてくるよ」
悠輔にしては長い呟きだった。
(わかったわ。椅子はずっとこの下に置いとくえ。雨に濡れんよう雨除けカバーも作るえ)
夕子は確かめるように一旦椅子から立ち上がると、悠輔の膝の上に座るおもいで座り直した。冷えた椅子が少し温かく感じる。
満開の大紅しだれ桜、散り初める桜花びら、夕子の心にずっと花びらが降りしきり、津津と純白の椅子に積もり薄紅色に染まった。
冬桜
桜紅葉と時期が重なるように十月ごろから咲き始める桜がある。本来、冬桜とは、山桜と豆桜の交配種だが、最近は、冬咲く桜の総称として市民権を得るようになった。
桜の園でも「冬桜」や「十月桜」や「ヒマラヤ桜」など何本か見本樹として栽培しているが、商品の扱いはしていない。注文があれば出荷しないわけではないが、主力商品ではない。悠輔の方針で桜の園の主力商品はやはり「山桜」と、「しだれ桜」「紅しだれ桜」などのエドヒガンと、「大島桜」だ。
桜の名所「吉野」では「染井吉野」は植えないと聞くが、ここも需要の多い「染井吉野」は園内に一本もない。