「いや、何でもないんだ、よし上がった、持っていってくれ」
そう言うと源造は手洗い場に向かった。京子は怪訝な面持ちで料理を持って行った。
源造は煙草に火を点けるとまた骸骨の様子を窺った。だが相手は自分の考えに捉われて、それには気づかなかったらしい。
「おい、今日はもういいぞ、上がってくれ」
「ハア、デモ、後片付ケモアリマスシ‥‥」
「いや、それは俺一人でいい、それよりも今のうちに風呂に入れ」
そう言われて骸骨はビクッとした。源造はそれを見逃さなかった。
「お前、ちょっと匂うぞ、この前いつ入ったんだ?」
「ハア、ツイ先日‥‥」
「先日もクソもない、入れ入れ」
そう言って源造は笑った。それで骸骨は浮かぬ顔で浴室に向かった。
源造は頃合を見計らって裏手へ回った。いつの間にかそこはゴミ一つなく片づけられており、それには感心した。だが問題は別だった。昼間妙なことをあの男が耳打ちして、それがずっと気になっていたのだ。
「私が何の訳もなくわざわざ来たと思っているんですか? ここまで来たのには、それなりの理由があるはずでしょう」
源造は男の口の端を歪めた嗤いを思い浮かべつつ、そのことばを反芻していた。嫌な奴だが言うことには一理ある。風呂へ入れるよう唆したのも彼だったのだ。
源造は足音を忍ばせるとそっと窓辺を覗きこんだ。そして、「ぐっ」と息をつまらせるとその場にペタリと座りこんだ。彼は目を瞠いて口をぱくぱくさせていた。もう一度目を擦って覗きこんだが、間違いようがなかった。
そこに見えるのは同じ白骨の姿だった。ことばもなかった。あの男の言う通りだった。ガイ骨は本当に骸骨で人間ではなかった。頭の中が真っ白になった。何が何だか判らないが、目の前の光景は事実だった。それは疑いようがない。ふと娘たちの顔が浮かんだ。あの子たちは知っていたのだ。何もかも知っていて庇っていたに相違ない。