飛行機の出口から空港出口までは少し距離がある。足早に出口に向かう人の波に追い越されながら、〈いつ歩けなくなってもおかしくない。歩くというこの感覚をしっかり覚えておこう〉自分に言い聞かせながら、やっと出口に着いた。
ほっとする知之は、手を振る父を見つけた。迎えに来てくれたんだ。親のありがたさを思い、胸が熱くなった。
「知之、遅かったなあ、乗り遅れたんちがうかおもた」
「ありがとう父さん、助かったよ」
小暮家は、空港から約三十分の町にあり、かなり大きな酒屋を営んでいる。車を運転する父は久しぶりの息子との対面に時々鼻歌を歌い上機嫌である。それが、知之には辛かった。
実家に到着した。「お帰り」母と妹が笑顔で迎えてくれた。知之は両下肢に精一杯力を入れて、平静を装い部屋に入った。しかし、妹の梨沙は兄の異変を敏感に感じ取っていた。
「お兄ちゃん、どうかした?」
「大丈夫だよ、今夜話をするからな」
夕食の時間になった。お袋の味が並んでいる。瀬戸内の魚の刺身と煮つけ、大好きな筑前煮、茄子の煮びたし、豚肉のソテー、野菜の天ぷら、「わお! 美味しそう、お袋ありがとうな」「やっぱり最初はビールか」父は栓を抜いて知之のグラスに注ぐ。「父さんも」父はグラスを少し傾けながら受けている。「お母さんと私にも」知之は心を込めて母と妹のグラスに注ぎ入れた。
〈今夜は、家族で思い切り楽しもう。病気の話は明日にしよう〉久々の家族の団欒、一人ひとり笑顔がはじけている。いつしか、アルコールはビールから日本酒に変わり、父と息子はよく飲んだ。
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