【前回記事を読む】たまたまオルグに出向いていた父親に見初められた母。初々しいシュピレヒコールの姿が印象的だったようで……
〈序章 202×年3月某日(土曜)昼過ぎ〉
〈3人の高校生活(1970年代半ば頃)〉
初めは行くのを愚図っていたが、幼かった泰治が一人で先生の家に行き、前の子のレッスンが終わるまで待つ間にぐっすり眠り続けてしまったことがある。
その時に、眠りから覚めるまで起こさず待ってくれた優しい先生のおかげ(時折、熱々の紅茶と共に出してくれた泉屋のクッキーやユーハイムのバウムクーヘンも魅力的だった)もあってか、
遊びのライバル(三角ベースやメンコ、ビー玉やベーゴマ、缶蹴りやカブト虫・クワガタ採り、秘密基地作り、……)は次々と現れたがやめずに、小学校高学年の時にソナタが少し弾けるくらいまで続けた。
[念のためだが、父親の野球チーム(少年ファイターズ)にも当然加入したが、日頃優しい父親が、星一徹のちゃぶ台返しやタイガーマスクの虎の穴を彷彿とさせる指導を行う落差に戸惑った泰治と、依怙贔屓と言われたくない父親の気持ちが交錯して、ある時、怪我をしたのをきっかけに、自然消滅的に退団していた]
そうした経緯と母親や姉の影響もあって音楽好きとなり、小遣いを貯めて初めて買ったのは、鉄人28号や鉄腕アトムのお面でも、紫電改のタカやスーパージェッターのプラモデルでも、狼少年ケンや8マンのシールでも、マイティ・ハーキュリーのリングでも、オバQやイヤミのシェーや丸出だめ夫のボロットの人形でもなくて、EPレコード2枚(ザ・タイガース『シーサイド・バウンド』と、荒木一郎『いとしのマックス』)だったほどだ。
[再び念のためだが、小遣いを貯めずに買えるお菓子類(〇リスの旋風風船ガム・〇イコロキャラメル・〇たり前田のクラッカー・〇ッピーラムネや駄菓子など)の買い食いは、しょっちゅうやっていた。食べ物には、からきし弱い泰治だった]
その育んだ素養が活かせたらしく…ご多分に漏れず、女子にモテたい気持ちもあり…、中学からは家でお蔵入りしていたギターで、音楽雑誌「Guts」とかを読み、ガロ・高田渡・ジローズ・RCサクセション・古井戸など様々な曲をそこそこ弾けるようになった。
それに味を占めたか、お年玉も注ぎ込み、少年漫画の裏表紙で見つけた通信販売で、迷ったものの、トランシーバーではなくエレキベースとアンプを買い、これも独学ながら多少弾けるようになった。
[更に念のためだが、ベース練習時の音響は、安普請のお店兼自宅が振動するほどではあったが、小学校高学年までのピアノ練習で毎回同じところでつっかえるのを聞いていた、というか聞かされていた時よりはマシだというのが、近所の評判だった]