「わしは曼珠沙華が好きや」といつも言っていたから、近所の農家に頼んで田の畦から球根を掘り出し墓の周りにかなりの数を埋めた。
今年は初盆が過ぎ、彼岸花の別名通り九月の彼岸には墓は真っ赤になるだろう。人は死人花(しびとばな)とか言ったりするが、夕子は悠輔と同じで、(美しい花やなあ)と気にしない。
桜の樹の下で眠りたいという悠輔と同じ願いは、この桜の園で悠輔と接ぎ木や挿し木をしたり、苗を育てたりしているうちに、彼女のなかでかなりしっかりとしたものになっていった。
今は法律で禁じられているだろうが、夕子の本音は悠輔の眠る先祖墓地でなく、この桜の園、できれば大紅しだれ桜の樹の下に葬ってほしい。断られるかもしれないが、悠輔もあの世で誘うつもりや。
桜子に話したら、夕子が望まない条件付きの答えが返ってきた。もちろん桜子たちと一緒に暮らすことで悠輔を失った悲しみは、いくらかは薄れるだろう。だが、娘婿への気遣いをしなければならないから、夕子の自由な魂の解放は制限されるとおもう。
これはとても贅沢なことで許されないことかもしれないが、眠くなったら、表座敷であろうと、桜の園の大紅しだれ桜の下であろうと、誰にも気兼ねすることなく、コトンと眠りに落ちる自由を、夕子はほしいのだ。
そしてこれは人に迷惑をかけないで死を迎えたいという心情に矛盾するけれど、そのままひっそりと死んでしまってもかまわない気持ちもある。しかし、何日も発見されずに腐っていくのはたまらない。
それは人として特に、歳を取っても女性としての尊厳に関わる─美しく歳を取り、美しく死にたいというおもいだけは大切にしたかった。それはピンピンコロリや。
次回更新は3月25日(火)、22時の予定です。
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