【前回記事を読む】見知らぬ若者に釘づけになった。不思議な力に吸い寄せられるように歩み寄り、射るように見つめた。若者は、眉一つ動かさなかった。

Ⅰ 少女

第1章 春

暫くして、足元にジョヴァンニの羽根ペンが落ちているのに気がついたイザベラは、それを拾い、そっとジョヴァンニに渡した。

途端に、ジョヴァンニも若者も話すのをやめ、若者はイザベラの顔を見つめた。

ジョヴァンニはいつになく満面の笑顔でイザベラの顔を見上げ、いつになく優しい声で

「有難う」

と言った。

イザベラはどぎまぎして、目を伏せたまま会釈して自分の席に戻った。 やがて、少年たちは後に残り、若者は独り帰って行こうとした。

若者はイザベラのテーブルすれすれに通って行こうとしたので、驚いてイザベラは、思わず顔を挙げた。

途端に若者は立ち止まり、ぎごちなく振り返って少年たちに何か話しかけた。

その時イザベラは、若者の胸に紋章が見えることに気がついた。目を凝らして見ると、それは黄金の獅子と黒い鷲だった。どこかで見たことのある紋章だと思ったが、どうしても思い出せなかった。

我に返ってイザベラは若者に会釈した。

すると、立ち去ろうとしていた若者は、もう一度立ち止まってぎごちなく振り返り、ジョヴァンニたちに何か呼びかけてから帰って行った。

その夜、イザベラはいつもの様に母の部屋に行った。

毎晩、寝る前に母にだけ、その日あったことを全てお話しするのだ。