「ねえ、お母様」
話しながらイザベラは母を揺り起こした。
「ごめんなさいね。今日は本当に疲れているの」
そう言いながら、母はまた居眠りを始めた。
春の夜は空気もぬるみ、燭台の光が壁の絵を柔らかく照らしている。「今日、図書館で不思議な人に会ったの」
イザベラは「ラテンの部屋」で会った若者のことを話し始めた。すると、今までいくら揺り起こしてもすぐに眠り込んでしまった母が、急に目を覚ました。
「何ですって? 今、黄金の獅子と黒い鷲って言わなかった?」
「お母様、一体どうなさったの?」
「それは、ゴンザーガ家の紋章なの。きっとフランチェスコ様に違いないわ」
「えっ?」
イザベラは、息が止まるほど驚いた。
今から9年前の1480年、隣のマントヴァ侯国の領主の長男フランチェスコ・ゴンザーガと、エステ家の長女イザベラの間に婚約が取り結ばれた。その時、フランチェスコ14歳、イザベラ6歳であった。
それから4年後、父の死去によってフランチェスコは18歳でマントヴァ侯爵となった。
「お母様、私、とても信じられません。フランチェスコ様とはまだ小さかった頃にお会いしただけですけれど、今日の御方がフランチェスコ様だなんて」
「どうして、そんなことがわかるの? 貴女はフランチェスコ様のお顔を覚えていないのでしょ?」
「だって、今日の御方は私に声もかけて下さらなかったわ。フランチェスコ様なら……それとも、私が誰だかおわかりにならなかったのかしら」