それでも、睡魔には勝てなかったらしく、つぎに目を開けたときは、外はすっかり明るくなっていました。
「母さん、父さん! ……」
ベッドから起きあがるなり、昨夜から慎ちゃんたち一家の家となった居間に、転げるように入って行きました。
「どうしたと慎一、そんなにあわてて」
居間にいた母さんがびっくりしてたずねました。
「聞いた? 夜中のかいじゅうの声」
「かいじゅうの声って?」
「ほら、まだ真っ暗なとき、『ヴーアッ、ヴーアッ、ヴーアッ、ヴー』って、すっごく怖い声で鳴いちょったやろ?」
かいじゅうが鳴くまねをしてみせました。
「ああ、あれのことね」
母さんは、「フフフ」と軽く笑いながら答えました。
「今、父さんが、そのかいじゅうを見に行っちょーとよ。玄関から出るとすぐに見えるき、行ってみたら」
慎ちゃんは、玄関にあったズックをひっかけるのももどかしく、家の前のアスファルト道路に飛び出しました。まだ三月というのに、外の空気はもう亜熱帯の太陽ですっかり真夏のようでした。
父さんが道路ぎわの高い木の下に立っていました。でも、そこにいたのは父さん一人だけではありませんでした。耳はいせいよさそうにピンと立ってはいるけれど、首をたれ、しっぽを面どうくさそうに振っている、何か子馬のような動物がいっしょだったのです。
「おお、慎一か、ちょっとこっちにきい。これがなんか分かるか?」
うで組みをして目を細めた父さんの顔は、慎ちゃんがなんと言うのか試しているようでした。慎ちゃんは、目の周りが白く、優しい目をしたその動物を観察しながら、それでもこわごわと近づいて行きました。人に危害を加えるようには見えません。
「これ、馬?」
「いいや、ロバたい」
父さんがそう言ったとき、その動物はいきなり上くちびるをめくりながら鳴いたのです。
「ヴーアッ、ヴーアッ、ヴーアッ、ヴー」
これが昨日の夜、慎ちゃんをなやまし、怖がらせたかいじゅうの正体でした。慎ちゃんは、もう自分のおくびょうさがおかしくなったのと、かいじゅうなんかじゃなかったのが分かって、ぎゃーぎゃー笑ってしまいました。事情を知らない父さんは、自分が何か面白いことでも言ったのかと思ったのか、慎ちゃんの顔をのぞきこみながらたずねました。
「何? どうしたと? 何がおかしいと?」
それがまたおかしくて、慎ちゃんはしゃがみこんで、腹が痛くなるまで笑い続けました。痛い腹をかかえながら、とぎれとぎれに昨日の晩の話をすると、父さんも「ヒャ、ヒャ」といつもの独特な声で笑っていました。
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