農業はというと、土地がアルカリ性不良土壌で農耕には適さない。ただし、漁業では食生活に偏りができるので、ほぼ自給自足程度の農家がメインであった。アルカリ性不良土壌では、鉄分が水に溶けない水酸化鉄として存在しているため、植物は根から鉄分を吸収することができず、鉄欠乏症を引き起こすのだ。

全世界の陸地の約3分の1は、農耕に適さないとされるアルカリ性不良土壌で占められているが故に、世界中で研究されてきて改良されてきた。ただし、土壌改良には金がかかり、ただでさえ貧しい沖ヶ島の農民はなかなか土壌改良に手が出せずにいた。少しばかりの現金収入を農業で手に入れてきた智子もそのうちの一人だ。

土壌改良ができない農地で作物を育てるのだから、単位面積あたりの収穫量はかなり少ない。しかも、平地が少ないこの沖ヶ島の農地に大型の農業機械を購入するのには割に合わず、ほとんど機械を入れないで耕作しているのが現状だ。つまり働けど働けど暮らしは楽にならないという訳で、いわれるまでもなく釣果の振るわぬ祐一の稼ぎでは焼け石に水程度である。

しかし、智子は堕落した夫の分も稼がなきゃという強い意志のため「私が働くしかない」と決めると、それからは力がもりもりとみなぎってきたのだ。本来病気がちだった智子はみるみる病気を寄せ付けない強い体を手にしたので、休むことなく痩せた土地で農業を続けていた。ただし一家3人がギリギリ生活できる状態であった。

智子は、さつま芋とサトウキビを育てているのだが、現金収入は少なく、物々交換で肉や他の野菜、それに祐一が毎日飲む酒を手にしている。この酒代が馬鹿にならない。

さて、八丈島で買い物した恵理親子は沖ヶ島港に、13時26分に到着した。帰宅すると、やはり海が荒れていたからであろう。祐一が既に酒に酔っていた。

「ただいま」

「おう、今日、よく船が出たな」

「そう、出たのは良かったけど海が荒れたおかげで酔っちゃった。ああ、気持ち悪い」「お父さんただいま」

「何だかいろんな物、買ってきたんだな」

「お父さん、恵理が就職するからスーツやら靴やら買ってきたのよ」

「お父さん、今、このスーツに着替えるから待っててね」

恵理が気を遣った。

「けっ! そんなもんどうでもいいよ。金がもったいない」

祐一は背を向けたままだ。

「ごめんね。私、頑張って働いて家に生活費入れるから」

恵理はフォローするのにも冷や汗をかいた。

「お父さん、初出勤の日は恵理の晴れの舞台なのよ。美容室に行って大人っぽくなってるから見たらびっくりするよ」

「ふん」

相変わらず祐一は興味がないので背を向けたままだ。

 

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