「エリス!」

ガイは、思い切り妹を抱きしめた。

(だが、結局僕はフローレンスどのの復讐を遂げたに過ぎない。僕は、私怨(しえん)で動いただけだ!)

ガイが唇を噛みしめていると、

  それでかまわぬではないか。

突然、頭の中に太い男の声がした。

  お前は、多くの罪なき女たちの受けた恥辱と苦痛を消し去り、愛するフローレンスの仇を討ったのだ。心根の優しいお前の中に生じた計り知れない怒り。その怒りにわしは呼ばれたのだ。

「え?」

思わずガイは顔を上げた。白いもやのようなものが一瞬、鎧をまとった一本角の鬼神の姿となり、またすぐにもやになり消えるのをガイは、はっきりと見た。鬼神の蓬髪(ほうはつ)が、残像となってガイの胸に残った。

(フローレンスどの……)

美しく聡明で、優しい妻であり、エリスにとっては姉だった。

あの日、山賊を一斉逮捕して、安堵の水を一口飲んだところへ、エアバイクが飛んできたのだ。

「ガイ殿下! 王城に賊が侵入! 警護の巡査ら全員殉職! なお、妃殿下フローレンスさま、ご落命!」

血を吐くように、エアバイクの巡査は叫んだ。

フローレンスは誰からも慕われていた。

銀色のシートをかけられたフローレンスと対面すべく、ガイは腰を落とした。フローレンスの裸身は、地球という惑星で発掘されたギリシャの彫像のように美しかった。

口の両端から紅(あか)い血が今も美しい模様を描くように流れ出ている。その表情は清らかだった。

  ガイさま。わたくしは、誰にも汚(けが)されてはおりません。

そう言いたげなフローレンスの死が、舌を噛み切ったことによる自死であることは明白だった。(犯人も、さすがにフローレンスどのに触れるのが恐ろしくなって、何もせずに逃げたか……)

ガイは制服の上着を脱いでフローレンスに着せかけ、しっかりと抱きしめた。

まだ互いに敬称をつけて呼び合う、出来たての夫婦だった。

エリスが遊園地へ行きたいというので、三人で出かけたことがある。城を出たときは快晴だったが、メリーゴーラウンドに乗って、降りた途端に大きな雨粒が落ちてきた。

フローレンスがすぐに自分のジャケットを脱いで、エリスにかぶせた。そのフローレンスにガイが制服の上着をかけてやった。そして、小さなエリスが自分のボレロを脱いで、ガイに差し出した。

 

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