暗闇の中、左下の方に村の灯りが見えるが、時折、黒い雲がその光を遮る。空がわずかに白んでくると、眼下には白い雲が広がりだした。正面遠くに白煙を噴き出している薄紫色をしたスメル山、右手やや下方に緑がかったバトゥッ山、その後ろに灰色のブロモ山が白い雲海に浮かぶ島のように頭を出している。

しばらくすると、眼下に広がる白い雲がまるで大河のように、山と山の間を音もなく、ゆっくりなめらかに流れ始めた。流れている雲はところどころで滝の水が落ちるように、次から次へと下に吸い込まれていく。私は固唾をのんでその神秘的な現象をじっと見続けた。夜明け前の薄暗い舞台で、幻想的なパフォーマンスは延々と繰り広げられた。

私はこれまで見たことのない不思議な光景にしばらく釘付けになった。すっかり時間を忘れて見入っていると、やがて劇場全体が少しずつ明るくなり、夢のようなショーは終わりに近づいてきた。

いつの間にか周りはすっかり明るくなって、流れていた雲も消えて、周りの人々の話し声が聞こえ始め、現実の世界に戻った。運転手、シティと合流すると、来る時に乗った四駆のSUVのナンバープレートを探して、下山することにした。プナンジャカン山から同じタイプのSUVが次から次へと隊列をなして山の中をゆっくり下りていく。

二十分ほど走ると、あたり一面が灰の砂漠になっているクレーターに到着した。広大な駐車場で車を降りると、霧のかかった砂の海の向こうに灰に覆われ白煙を噴き上げているブロモ山が、右手には木に覆われたバトゥッ山が頭を出している。

正面左手彼方にはヒンドゥー寺院が小さく見える。その灰の砂の海を馬が人を乗せてゆっくり歩いている。コンピューター・グラフィックのようなシュールな光景である。

ブロモ山の山頂を目指して、二十八歳の運転手と砂の上を競走した。坂道を上った後、二百七十五段を登りきると真下にゴーと唸りながら白煙を噴出している火口が見える。転落すれば、一瞬で灰になると思うと足がすくむ。私は恐怖に襲われ、すぐに下山した。

ブロモ山はヒンドゥー教の聖地と呼ばれている。インドネシアでは十六世紀に入るとイスラム教が勢力を伸ばしてきたので、ジャワ島にいる多くのヒンドゥー教徒上層の人たちはバリ島に移住したが、マジャパヒト王国の王族の一部はブロモ山周辺に逃げてきて住みついた。

彼らはテングル族と呼ばれ、ヒンドゥー教を守り抜き、麓の傾斜地で高原野菜を栽培したり観光客相手に商売を行ったりしている。

ブロモ山麓に広がるクレーター

次回更新は3月29日(土)、8時の予定です。

 

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