「昔々――ってな感じかな。茂作(もさく)と巳之吉(みのきち)という木こりが大吹雪にあって、帰り道に川を渡れなくなった。二人は渡し守の破れ小屋に避難することにした。小さな小屋はわずかに雪を防いでくれはしたが灯りも薪もなく、蓑(みの)を被って凌(しの)いではみたものの夜が更けるにしがってしんしんと冷え切っていった。
年老いた茂作はすぐに眠ってしまった。少年の巳之吉は恐ろしい雪嵐の音に歯の根も合わないほど震えてなかなか眠れなかったが、やがて疲れ切ってウトウトし始めた。すると……」
「ちょっと待って、トイレ!」
僕はトイレに立ったついでに毛布を肩からかぶり、さらに炬燵にもぐりこんだ。
「お前、ビールばかりやるからだよ。お湯割りでも作ってやろうか」
「い、いいよ。焼酎は苦手だから。それよりキャロットケーキを食べなきゃ。祖父ちゃん、寒くないの?」
「燃料をたっぷり入れてるからな、まだまだ」
祖父はロックをやめてストレートに切り替えたらしい。
「それから?」
「――巳之吉は顔に雪が降りかかるのを感じて目が覚めた。小屋の戸が開いていて雪が舞い込んでいた。すると雪明かりのなかだったが、隣の茂作の顔に覆いかぶさるようにして女が息を吹きかけているのが見えた。
女の吐く息は白く、氷のように冷たかった。女が素早く振り向き、今度は屈みこんで巳之吉に顔を寄せた。殆ど唇が触れそうなほど近付いた時、女がとても綺麗だと分かった」
僕は思わず潜り込んだ炬燵から半身を起こした。
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