前田澤兵部
場面は一旦、出陣前の白石城に戻る。
小十郎との対面を終えたあと、城内の陣所で、見慣れぬ老将が信氏に声を掛けてきた。
「もし、貴殿が伊藤肥後殿でござるか」
「いかにも。貴殿は?」
「いや、いきなり呼び止めて失礼仕った。それがし、前田澤兵部少輔と申す。かつては二本松家や大内勘解由様にお仕えしておったこともある」
「二本松様に大内様……なれば、かつては殿の『敵方』か」
「いかにも。かの人取橋合戦では、伊達勢を大いに苦しめたものよ……ははは。また伊達に攻められた小手森城(おでもりじょう)落城のみぎりは、亡き勘解由様ともども、危うい目に遭い申した。勘解由様は殿から『彼奴は八つ裂きにしても、し足りない』と大いに憎まれたが、この儂も、危うく殿に八つ裂きにされるところじゃったわ。はっははは!」
「……それが今、伊達の殿に戦場で御奉公とは……」
「はっはっは! そうじゃ。運命の巡り合わせとは、かくも面白く、皮肉なものじゃのぉ。じゃが、殿は恩讐を越え、最後の死に場所、ご奉公の場所を、この老体に下さったのだ。大いに暴れてやりたいものよ」
前田澤兵部少輔は、かつて安積(あさか)郡前田澤村(今の福島県郡山市)にあった「前田澤城」を本拠としていた武将で、元は二本松義継に仕え、大内勘解由定綱の与力でもあった。