【序】
この物語は、陸奥(みちのく)の片田舎から現れた、全く無名の武家が記した、戦国から明治までの八世代・二百八十年の軌跡である。
この武家が太閤・豊臣秀吉の治世時、奥州の雄・伊達家に仕官するところから、物語は始まる。或る時は歴史の荒波に激しくもまれ、また或る時は歴史を変える大事件に関わりながら、家の栄華を極め、やがて厳しい現実に苦悩し、武家の時代が黄昏時を迎えるとともに、彼らは露と消えていった。
歴史は勝者が作り、敗者は消えるのみ……といわれるが、勝者となった為政者や、偉人と讃えられた大人物だけではない。敗れ去った者、市井の名もなき者もまた、人としての営みの中で、歴史を動かし、歴史を形作っている。
第一章 忠と義と誉と 文禄五年(一五九六)~正保二年(一六四五)
【主な登場人物】
《伊藤家→伊藤三右衛門家》
伊藤肥後信氏(いとうひごのぶうじ) 元・葛西家に仕えた無名の武士。豊臣秀吉の「奥州仕置」以後は浪人となり、息子の三右衛門氏定ともども、諸国を放浪していた。
伊藤三右衛門氏定(さんえもんうじさだ) 伊藤肥後信氏の嫡男。
伊藤満蔵(のち三右衛門輔氏) 伊藤三右衛門氏定の嫡男。
《片倉家》
片倉小十郎景綱(のち備中守景綱) 伊達家重臣。主君・伊達政宗の信頼厚く、才覚優れ、慈悲深く懐深い人間性は、京や大坂詰めの大名たちにもその名を轟かせた。
片倉小十郎重綱 景綱の嫡男。眉目秀麗な若武者として人気を博し、大坂の陣の目覚ましい働きで、世に「鬼の小十郎」と讃えられる。
《伊達家》
伊達政宗 伊達家当主、初代仙台藩主。大名・武将としての器量に優れ、この時代誰からも一目置かれる存在。
五郎八姫(いろはひめ) 伊達政宗の長女。東国一の美女と謳われる聡明な姫君。徳川家康六男・松平忠輝に嫁ぐも、離縁されて伊達家に戻ってきた。
《長宗我部家》
阿古(あこ)姫 戦国大名・長宗我部元親の娘。風雅の道を心得、和歌や源氏物語などの知識に長けている。
長宗我部盛親 長宗我部元親の四男、阿古姫の兄。関ヶ原の合戦で西軍に、大坂の陣では豊臣方に加勢。
《その他》
大内勘解由定綱(かげゆさだつな) かつての伊達家の仇敵、二本松家や蘆名家に仕えた武将。登場人物の回想でのみ登場。若き日の伊達政宗を翻弄し悩ませることしきり。政宗から激しく憎まれるも、のち伊達家に仕える。
前田澤兵部少輔(まえだざわひょうぶしょうゆう) 二本松家、蘆名家に仕えた武将。一時期は大内勘解由定綱の与力で、伊達家と対立したこともあった。本姓は伊藤。