そのうち、時々ケイコさんとフロントのスタッフが言い合いをするのを見かけるようになったが、スタッフに理由を聞いても教えてくれなかった。ある日、意を決して謝ろうと思い、ケイコさんの部屋を訪ねた。するとフロントの人とルームサービスの人たちが数名、荷物のなくなったケイコさんの部屋の掃除をしている。

思わず「ケイコさんは?」と聞くと、「宿泊のルールを破ったから出ていってもらった」

がらんとしてあるじを失った部屋に、僕は茫然として立ち尽くした。失ったものの大きさに戸惑い、いつまでもたたずんでいた。

その後、ケイコさんの実家の電話番号を調べたり、アジア会館で彼女と親しくしていた人たちに聞いたり、必死に行方を探したが、連絡は取れず二度と会うことは叶わなかった。 もう少し早く謝っていたら……。

強烈な後悔の念。思い出すと、胸をかきむしられるような気持ちが湧いてくる。仲直りしていれば、アジア会館を追い出される前に一言声をかけてくれたであろう。そうすれば、アジア会館にいなくても、また時々会うことができたはずだ。

〝ママの代わり〟ではなくても家族のような存在だったと今頃気づく。気持ちを思い切りぶつけられた唯一の大人。もし再会が許されるなら、人にはケイコさんを、照れ隠しを含めて「遠い親戚」と称して紹介しようと思う。

子供のコントロールが利かない気持ちが、残酷な現実を迎えてしまいました。出会った人は大切にする。私はこのことがあってからは、それを人生の中でプライオリティ高くして生きてきました。悲しい思い出ではありますが、自分の気持ちに正直になる、人の優しさに思いを馳せることの大切さを学んだ、私の生き方に大きな影響を与えた出会いでした。

初恋

「日本語話せる?」

奈々さんは、318号室の扉から顔を覗き込むとそう聞いた。

「はい!」

「良かった!」

「いつも勉強していて偉いね」

そう、いつも部屋の扉は開けていて、人に覗き込まれてもいいように、机の上には教科書を広げて置いていたのだ。実は勉強なんかしていない。たいがいはボーっと考え事をしていた。

「私はね、大学生だけど、薬剤師の試験を受けるために、試験勉強でここに泊まっているのよ」

奈々さんは背が高く、すらっとしていて、とても綺麗な人だった。服装はおしゃれだけど、派手さはなく、しゃべり方もおっとりしていて、会っていて初対面でも落ち着く安心感があった。

「勉強熱心ね」

僕は、全く違うことを早々に白状した。

「そうなんだ」

「で、困っていることとかある?」

「宿題」

それを聞くと、口に手をあてておかしそうにクスクスと笑い、

「じゃ宿題、見てあげようか?」

思わず心の中でガッツポーズ。もちろん断る理由はない。  

 

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