ナオミの日本文化への傾倒は、初めての熊本滞在でさらに深まった。六年生から始めた日本語の授業にも一層熱が入るようになった。日本語の担当は、言語学を専攻して数カ国語に堪能な、女性のカミングズ先生。
授業は毎週三コマ、生徒は八人で男子と女子が四人ずつ、全員が六年生から日本語を学び始めた。五十分の授業時間を二つに分けて、四人ずつ練習ドリルをする班と、オンライン授業を受ける班に分かれた。オンラインではタブレットを使って、カリフォルニア州在住の日本人教師が会話を教えてくれた。
二世の祖父ライルと祖母セーラは、一世の両親に育てられたので英語訛りのある日本語を時折話したが、ケビンとリサは片言しか話せなかった。ナオミはあっという間に両親を追い越し、八年生の頃には祖父母の日本語をも凌駕するようになった。
そんなナオミは、日本でもっと多くの時間を過ごしてみたいという希望が、次第に大きく膨らみ揺るぎないものとなってきた。自分の故郷とも思えるような懐かしさを感じるそんな場所に行ってみたい、暮らしてみたい。そう思う彼女の脳裏に浮かんだのは、やはり國雄じいちゃんの家から眺めた、雄大な阿蘇山麓の緑が輝き、豊かな湧水の流れる水路が縦横に走る風景だった。ナオミは熊本の高校へ留学したいと両親に告げた。
*
空港へ向かう車の中で思い出に浸っていたナオミが、暮れなずんだ空にふと目を上げると、玄関で見送ってくれた祖父母の顔がよぎった。祖母はナオミを抱きしめたあと、いかにも名残惜しそうに祖父の横に立ち尽くして、車が見えなくなるまで手を振っていた。
その時の祖母の顔を思い出して感傷に浸っていると、轟音とともに突然後方から姿を現した大型トレーラーが、ナオミを見下ろすようにゆっくりと前方に移動していく。我に返って窓の外に焦点を合わせ直すと、夕陽の残照を遠く小さく残すだけで、大分暗さを増してきた風景の中に、空港の略称LAXの白く輝く巨大な立体文字が浮かんでいる。
色とりどりの光を放って林立する柱のオブジェも見えてきた。その向こうの夕闇には、大きな窓から灯りがかすかに漏れる管制塔の黒い影が、中空に浮かんでいる。
搭乗手続きをすましスーツケースを預けて、手荷物検査の列の近くまで来てから、リサとケビンは代わる代わるナオミをハグした。
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