「『ない』です」

「そうか、『人にめいわくをかけない』だね。キミはどうかな」

と、今度は一番後ろの背の高い男の子を指しました。

「同じです」

「ほう、同じかあ。違うという人は手を挙げて!」

誰も手を挙げません。

「いないなあ。みんな同じで『ない』でいいんですね」

「いいに決まっているじゃないか」と思いつつも、子どもたちは何か落ち着かない気持ちになり始めました。その頃を見計らったように、

「えらい! キミたちは先生よりずっとえらい」

と突然、大きな声で言いました。子どもたちは何のことか分かりません。

「君たちは、人に迷惑をかけないで一年間を過ごしていけるんだな。えらいなあ。先生には無理だ」

② ウソを言うな。本音はどうなんだ

「えっ、そういうことだったの」と心が騒ぎ出す子どもたちをよそに、

「キミも迷惑をかけないんだね。しかも一年間ずっと。えらいなあ」

とさらに別の子どもを指さします。子どもたちは、皆困ってしまいました。できるわけがありません。いつも「人に迷惑をかけないように!」と言われているので、つい深く考えないでそう言っただけなのです。

一年の始まりの日がとんだことになりそうです。すかさず私は、

「先生はね、できもしないことを一年間の約束にしたり、言ったりしたくないんだよ。キミ、本当に一年間ずっと人に迷惑をかけないで過ごせるかい?」

と追い討ちをかけました。子どもたちはもう声になりません。ただ首を振るだけです。じっと先生の次の言葉を待っています。

「先生だったら、この下にはこう書くなあ」

子どもの顔が釘付けになっているのが分かります。私は、ゆっくりと

「よ」「う」

と書きました。たぶん子どもたちのほとんどが、「えっ“人に迷惑をかけよう”だって? そんなこと聞いたことないぞ」と思ったことでしょう。だから私は続けました。

「これから一年間を一緒に過ごす仲間じゃないか。迷惑をかけまいと気にして心を小さくするのではなく、多少のことなら迷惑だと思っても許してあげられる関係にならないかい。そういう一年間の仲間同士になりたいと思うのだけれど、どうかな?」

と言って、

「キミ、どうかな」

とまた違う子を指しました。子どもも今度は真剣です。慎重に考えています。でも、何だか快感が湧きあがってきているようです。

「賛成です」

「迷惑をかけても許し合える仲間の方がいいと思います」

同じような答えが続きました。すると、また私は、

「本当にいいのかい?」

と念を押したのです。

 

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