「次回から入れないようにしますね」
「お前、アキコだろう、アキコだろう」
老人はまるでその目で月子を捕らえようとするかのように瞠目した。月子は思わず立ちすくんだ。呂律の回らない口元は小刻みに震え、口角に白い泡が溜まっている。
「アキコ、お前、よくもここに帰ってきおったな」
杖を持つ手に力が入ったかと思うと、その手を振り上げようとした。突然頭上でバサバサっと音がして一羽のカラスが地面に降りてきた。カラスは我関せずと、ゴミステーションに残ったわずかな生ゴミのかけらを漁っている。
老人はカラスに気を取られることもなく月子に迫ってくる。そして、今度は杖を大きく振り上げ、襲いかかろうとした。
「すみません、失礼します」
一目散に走り去りたがったが、老人を刺激してはいけないと、月子は踵を返し競歩のようにして猛スピードで歩いて角を曲がった。
「おじいちゃん、外に出ちゃだめ!」
「ユモレスク」の家のほうから声がした。月子は辻を曲がり、ポケットパークがある角まで一気に走った。緑の木々が地面に濃い影を作っていた。
つま先に何かに引っかかった。
「あっ!」
つまづいて体が宙に浮いた。スライディングするようにして、一瞬のうちに世界が反転しここではないどこかに押し出され暗い穴の中に落ちていく恐怖を感じた。すると目の前がまた反転し、目を開くと黒色の土だけが目に入った。
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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