【前回の記事を読む】母が亡くなって一年。「私、母のこと好きじゃなかったんですよね。母のような大人になるくらいなら…」初めて他人に喋った。…
鶸色のすみか
家に帰ると、あんなに食べたのに無性にラーメンが食べたくなった。カップラーメンを出してやかんに水を入れて火にかける。
しゅんしゅんと吹き出す白い湯気を見ていたら、気が変わってコーヒーが飲みたくなった。コーヒー豆を挽く。冷凍庫にあずきモナカアイスも半分残っていたはず。
このところ夜半にコーヒーを飲むのを控えていたのに。モナカアイスのあずきの粒をかじりながら、「あー、めんどくさい」と声に出して呟いた。
酔っ払うと投げやりな気持ちになる。生きることが面倒くさい。いままで生きてきたことの全てが面倒くさい。面倒くさい。面倒くさい。面倒くさい。何十回も心の中で呟いた。ああ、面倒な自分。
それなのに、じっとして固まっているカエルがどうしてかいきなりふっと飛びあがるみたいに、気がつけばちゃんと生活している、パソコンに電源を入れて仕事をしている、新しい下着を買いに行ってる、自分で料理をして食べてる。
多分それはカエル同様、生物としての生理的な行動なのだ。生物としてちゃんと機能していても、自分の人生はいまだに白紙のままのような気がする。
生きていくって何?魂をたぎらせて燃え尽きること?生きてきて良かったと死を迎えることができるだろうか。私は大丈夫だろうか。私は幸せだろうか。寄生繭を背負わされた青虫を思い出す。
「二十の時と同じことを考えてバカみたい」
コーヒーを啜りながら、自分を嗤う。テラスを開けると、涼しい夜風が月子の体を心地よく包み込んだ。
目に見える二つ三つの星を数えた。ぬるくなったコーヒーを喉に流し込むと、胸が少しだけ温もりを持った。