鶸色のすみか

グレーでもなく、ベージュでもなく、捏ねあがったばかりの蕎麦の生地みたいな色で、動物園の檻の中の小さな動物が冷たく暗い床でうずくまっているかのような、買った時は真っ白だったそのスニーカーに足を入れながら、月子は玄関の外に出るのが四日ぶりであることに気づいた。

さすがに、四日も家にこもっていたら体に良くない。マンションの駐輪場から青葉台まで、腹圧、腹圧、と呟きながら自転車を漕ぐ。三年前に一年だけ通った女性専用ジムで教えてもらった筋トレの基本だ。四十五を過ぎたあたりから、体重は変わらないのに下腹だけがぽっこりしてきたのだ。今、運動らしきことといえば、生業(なりわい)である在宅グラフィックデザインの合間にしている、月五日程度のチラシポスティングのアルバイトだけだ。

商店街を抜けて、県立高校の裏手の坂を一気に上り、十分かけて青葉台にたどり着いた。公園の入口のケヤキの木陰に自転車を置き、鍵をかけておく。前かごカバーの蓋にも鍵をかける。深呼吸して気持ちを整える。腹圧と同様、代謝を上げ、少しでも筋力を維持するために正しい呼吸が必要だ。深呼吸すると、気持ちがわずかに前方斜めに上向く。ひんやりとした風が湿った土の匂いを伴って鼻腔に届いた。

白い画用紙みたいな空の下に雛壇状に形成された住宅地があり、その向こうに高層マンション群が霞んでそびえ、緑がところどころたなびいている。マンションはまだ朝靄の中、階数の高低差と外壁の色やデザインの曖昧な違いが絶妙さを保っている。まるでこの大地にかつて存在した遺跡の蜃気楼を見るようだ。

月子に割り当てられているのは、丘陵を這うように建つ一軒家ばかりのエリアだ。

区画整理されたまちは、一見整然としている。注文住宅で施主の好みに建てられた家にはそれぞれに個性があるし、区画ごと数十軒、同じ形状の建売住宅はすっきりとして一見住みやすそうだ。建てられた年代も区画によって違うようで、経年を感じさせる区画は、塀の化粧ブロックが剥げ落ちていたり、ある家は外壁に窓枠の角から黒い筋の染みが涙の後のようだ。見飽きた風景にもどこかしら発見があるから、ウォッチングは飽きることがない。

道の両側に行儀よく並んだ家の一軒一軒の郵便受け、いわゆるポストを目がけて歩き出す。最初の数歩、足首の後ろのアキレス腱がきゅーっと伸びているのを感じる。アキレス腱を使っていると、とても正しいことをしていると思える。意気揚々と前進する。左腕には八ページのタブロイド版広告紙が二百部余り。ポストの場所はもう熟知している。