青木先生は夏生の肩をポンと叩く。そして小さく頷いて微笑むと、話しかけてきたクラスの子たちと教室を出ていった。いきなり、どうして俺なんだ。顔を赤らめ声が出ない夏生をクラスのやんちゃどもが冷やかす。
「夏生ぉ、お似合いのカップルだ!」
夏生はカッとなってそのうちの一人の胸ぐらを掴んだ。掴んだ勢いで相手を壁に打ち付ける。相手は夏生を突き飛ばしたが、床から起き上がった夏生は再度突進した。そして夏生が振り回した右足は相手の左脇腹にめり込んだ。やり場のない思いから放った回し蹴りで相手は肋(あばら)を骨折。すぐに病院へ運ばれた。
その夜、父親と相手の家に謝りに行ったが、向こうの親に深々と頭を下げて謝っている父親の姿が伏せた夏生の視界にチッ、チッと入ってきた。そしてその帰り道、父親は一言も話さなかったが夏生と並んで歩いてくれた。夏生も一言も話さなかった。ただ、カッとなってしまった本当の理由を夏生は心の中で打ち消したかった。
「ちょっと、話聞いてんの」
並んで歩いていたサオリが夏生を通せんぼして睨んだ。
「ああ、悪い悪い。ちょっと昔のことを思い出してしまって……」
「昔のことって?」
「うん。後で話す。で、家庭教師の話はどこまでいったっけ」
再び並んで歩き始めたサオリは「数詞って言葉知ってる?」と言った。サオリが教えている女の子は、リンゴが二個あったら「ふたつ」とか「に」とかの数詞で数量を言うことができるという。そして、「に」を「2」と数字で書くこともできるという。一気にサオリは話した。そして、一呼吸置くと、
「今、どうやったらいいか困っているのはね、その子、数字だと大きさが分からなくなるんだよ」と言った。
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