コラム 第1章

バルザックの小説『谷間の百合』:

若手社員が想像したのはこの小説の主人公・フェリックス君がヒロイン・モルソフ伯爵夫人に舞踏会で邂逅(かいこう)した場面。主人公は、白い肩の先の胸元を見ようとしてすっかりどぎまぎしてしまう。薄いヴェールでつつましやかに蔽(おお)われている「丸みを帯びた球体が、ふうわりと波打つレースに包まれている胸に完全に魅了」され、たちまち恋に陥る。

バルちゃんと名付けられた椎名百合だが、本人はチョーサー『カンタベリー物語』に出てくる「天の百合」を意味する二世紀の聖人セシリアを自称している。「セシリアは純潔の白さとやさしい心、かぐわしさ、慈愛に燃える良き賢き行いの模範……わたしにぴったりでしょ」と豪語してはばからない。たおやかなモルソフ夫人とは全く異質の存在であることに本人は気づいていない。

『巨人の星』:

梶原一騎原作・川崎のぼる作画。胖は星(ほし)飛雄馬(ひゅうま)と姉の明子のシーンを思い起こしている。

天使と妖精:

この物語に唐突に天界から登場する天使と妖精は、草壁俊英の曾孫、大山胖の孫、諭の子。つまり次世代の子どもたちの視点で、親、祖父、曾祖父という「三代の過客」の心のなかで語り合う。

「千夜一夜物語」なら十四夜にさし昇るとか、ちょうど夜の闇を燦然と照らしている天空に浮かぶ満月のようなと描きそうな二人。あるいは宮沢賢治の『双子の星』に登場する、天の川の西の岸にかかる「すぎなの胞子ほどの小さな二つの星」かもしれない。その後、祖先たちと人生の旅にくっついて小生意気に顔を出すことになる。