そこには藤山を見上げる、赤いコートを着た少女の左右に男性と女性が立つ絵が描かれている。横川は全身に鳥肌を立てるように目を見開いた。

「十三年前に描いた『藤山』。そこには描かれていなかった二人の人間です。これは無論、横川さんと久原さんを描いたものでしょう。当時は久原さんにとってここに描く人はいなかった。唯一幼少時代の自分を描くことしかできなかった」

「仮にそうだとして、なぜこれが久原さんにとって認めたくない作品だったのか私にはわからない。この絵は多くの人の目に触れるべき作品だった。久原真波は画家として、その溢れんばかりの才能で成功するはずだったのだ」

興奮した様子で栗林は声を張り上げる。

「この絵を自身のデビュー作として公表し、個展を開くようなことになれば認めてしまうからですよ」

「認める? 一体何を。卓越した絵の才能の他に何を認めるっていうのですか」

「自分が孤独だということです」

鳥谷は静かに告げた。栗林は何かを回顧するかのように首を横に振った。横川はその絵を見つめながら体を震わせる。

「三好和希に監禁され、絶望的な状況の中で久原さんは再び絵を描くことを始めていた。それはあなたとの明るい未来があったからです。とても温かくそして何よりも深い愛。横川さん、久原真波さんにとって、あなたが希望だったのです」

その言葉に横川は膝から崩れ落ちると慟哭した。大きな雄叫びのような声を出して涙を流し、その雫は降り注いだ雨よりも大きく見えた。

少しずつ顔を覗かせた日差しが周囲を温め始め、木々からしたたる水滴が陽光に照らされ虹色の輝きを放つ。まるで嵐の後に訪れる短い安堵のひとときのように。

その姿を鳥谷は静かに見つめていた。

【前回の記事を読む】「なぜ殺す必要があった?」その問いに虚ろな目をした犯人は雨に打たれながら言葉を紡いでいく…

次回更新は2月28日(金)、21時の予定です。

 

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