「横川さん、お伝えしなければならないことがあります。実は真波さんは、プロポーズ時点で流産をしていました。新しい命を楽しみに待つあなたを悲しませたくなくて、言いだすことができなかったのかもしれません」
息を整えるように、横川淳一は髪をかきあげて顔を擦ると声を震わせた。
「俺はずっと不安でした。心の奥では自信がなかったし、真波のことも信じていなかったのかもしれない。俺が一人で結婚や子どもに浮かれて、真波の気持ちを考えなかった。元を辿れば俺のせいで真波は死んだ。
真波は自分のことを口に出すのが苦手だと知っていたはずなのに。表情や仕草から読み取れたはずなのに」と横川は項垂れるように言葉を吐き出した。その肩にそっと栗林が手を添える。
鳥谷はゆっくりと立ち上がった。
「確かに普段のあなたなら気がつけたのかもしれません。ですがあなたは勤務する帝国不動産の過重労働の影響もあり、まともに真波さんに向き合えていなかった。いえ、そんな余裕がなかった。当時のあなたの姿を覚えていますから私には理解できます。しかしあなたは間違っています」
「え?」
横川が声を上げた。降り注いでいた雨が少しずつ弱まり、雲の隙間から光が差してくるのがわかった。日差しがビニール傘に反射し、ほんの少しだけ暖かさを感じた。
「あの蔵の小部屋に入ってわかったことがあります。横川さん、そして栗林さん、なぜ久原さんがあの絵を元にプロへの道へ進まなかったのか。その理由の一つは、あの絵が未完成だったからです」
その言葉に驚きを隠せない栗林が声を上げた。
「まさか。あの絵は完成していた。あれ以上のものはない、なぜそんなことが刑事さんに言い切れるのでしょうか?」
鳥谷は蔵の小部屋の寝袋の下にあったスケッチブックを取り出した。その一冊のスケッチブックのページをパラパラとめくると二人に見せた。