「うちと似た境遇で、しかも新しいお父さんができる時期も近いなんて、すごい偶然よね」
関心がないふりをしてエビフライを頰張り続けた。もし母が言ったことが事実なら、これほど切ないことはない。
つい数時間前のことだ。国生が回覧板を届けに上の階へ上がると、色白の少女が赤いランドセルと並んで通路に座り込んでいた。先ほどまで同じ教室にいた、本田範子だ。彼女は自宅の玄関ドアに背を預けて、呆然と空を見上げている。
「回覧板」
ぶっきらぼうに差し出すと、範子は立ち上がっておずおずと回覧板を受け取った。軽く俯いた顔は、綺麗に切り揃えられた前髪で半分ほど隠れており、どんな表情をしているのかわからない。
「ありがと」
か細い声で礼を言った範子は、また玄関前に屈んで空を眺め始めた。
「なんでこんなところにいるんだ」
年中潤んでいる大きな瞳が、すっかり空の青に染まっている。
「鍵、ないの。うちに置きっぱなしかもしれないし、落としたのかも……」
彼女の母は仕事に出ていて、夕方まで帰って来ない。他に行き場もないので、ここで母の帰りを待っているのだろう。
「お前、ほんとにドジだな」
「……ごめん」
彼女は通路に腰を下ろすと、両腕でぎゅっと膝を抱えた。その様子はまるで、危険を察した二枚貝が殻を固く閉じてしまうかのようだ。
「なんで謝るんだよ。別に悪いことしてないだろ」
「ああ……。ごめん」
「また謝った。そんなんだから友達いないんだよ」
つい本音を漏らしてしまった。この言葉が、彼女の胸を抉ることはわかっていた。気がつくと、アパートの通路を全力で駆け戻っていた。うっかり口にしてしまった嫌味が、ずっと口の中に残っているようなひどい気分だった。
自宅に戻り、母の言いつけ通りダンボールを手に取ったが、範子の表情がちらついて一向に捗らない。水面に落ちた小さな羽虫でさえ必死にもがくというのに、彼女はいつだって苦い運命に逆らうことなく、静かに沈んでいく。
居たたまれなくなって、下唇をきつく噛んだ。だがそれでも、胸の苦しさは少しも紛れてくれなかった。
片づけを終えて台所に行くと、母はいつからそうしているのか、大きい鍋や予備のざるを手に持ったまま途方に暮れている。先ほどの国生と同じように、考え事が作業を妨げているのかもしれない。
【前回の記事を読む】「どれだけ能力を持っていても、その力を自分のためにしか使わない人は、絶対に幸せになれない。...最後には周りに誰もいなくなっちゃう」
次回更新は2月26日(水)、20時の予定です。
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