「片づけ終わった」

「そう、じゃあ遊んでらっしゃい。夕飯までには帰るのよ」

おざなりな返事。手の平を差し出してみたが、母はその手を見下ろしてきょとんとしている。

「お小遣いくれるんでしょ」

自分から言い出した約束を忘れるとは、やはり頭の中は考え事で一杯らしい。新しい父が加わり、三人になる家族のこれから。そこには多くの期待や安堵、そして、まだ見ぬ未来だからこそ描いてしまう無数の不安もあるのだろう。

足音を響かせて台所を出て行った母は、すぐに財布を持って戻って来た。小銭入れを開けて中を覗き込んでいるが、一向に小遣いを渡す気配はない。

「お小遣いはまた今度。これ食べときなさい」

ダイニングテーブルへ手を伸ばした母は、そこから小箱を一つ取って差し出した。その黄金色の箱の中身は、国生たちが暮らす地元の銘菓だ。煮た小豆を寒天で固めた、おでんの大根のような形の菓子。この菓子は確かに好きだが、今、欲しいのはそれではない。

「今日は楽太鼓いらない。それよりお小遣い……」

「なに言ってんの、どうせお菓子を買うんでしょ。それに楽太鼓は、あんたのお小遣いじゃ買えないくらい高いんだから。だったら二つあげるから、それでいいでしょ」

母は楽太鼓をもう一つ摑むと、国生の鼻先へ強引に突き出した。

「えー、お小遣いのほうがいい」

「今日は無理。ほら見なさい」

母が財布の小銭入れを開いてみせると、そこにはくすんだ色の硬貨が二枚あるのみだった。おそらく十円玉か五円玉だろう。

「わかったでしょう。今日は持ち合わせがないの」

それならお札を頂戴、とはさすがに言えず、渋々楽太鼓を二つ受け取って台所を出た。しかし、このまま出かけるわけにはいかない。居間に戻って、シールだらけの白い箪笥の上に手を伸ばす。そこには小遣いの残りを貯めている、豚の貯金箱が飾ってある。

底の蓋を外して、中身を机の上に広げてみた。ほとんどが赤土色の十円玉だが、稀に白い輝きが紛れている。国生にとってはとても貴重な、百円玉のきらめきだ。発掘できた百円玉は全部で五枚。それらをすべて握り締めて、颯爽と玄関を飛び出した。

友達と待ち合わせている公園ヘは向かわず、アパートの階段を一気に駆け上がる。上の階の通路を見通すと、範子は相変わらずぼんやりと空を見上げていた。

「まだ空を見てる。何が面白いんだよ」

「空が、近くに見える」

「近くに?」

範子の真似をして天を仰いだが、近さも面白さもまったく伝わってこない。

「うん。ここは地面より高いから」

「高いと言っても二階だろ」

「だけど、地面とは全然違う」