二
「うん、わかった。あのさ……」
母の顔色を窺いながら、控え目に訊ねる。
「お父さんも、人のために頑張ってた?」
母の箸から、筍の煮物がするりと滑り落ちた。すぐに拾い上げようと箸を伸ばすが、上手く摑むことができない。
「そうよ、お父さんは誰よりも頑張ってた。だから国ちゃんにもできるよね」
母から父のことを聞いたのは、これが二度目だ。最初に聞かされたのは、国生が生まれる前に死んだという悲しい現実だった。それだけに今日の母が語った父の面影は、端的で短い言葉だったが、生身の父に触れたようなときめきをもたらしてくれた。
「そして二つ目。周りの人を大切にすること。困っていたら必ず助ける。自分に助ける力がなければ、どうすればいいかを一緒に考えてあげる。だから今日、どうしても答えがわからなかった隣の子にも、こっそり手を差し伸べてよかったの」
「先生に叱られない?」
「そうね、場合によっては叱られるかもしれない。でもそうすることで、辛い目に遭っている人を助けられると思ったら、迷わずそうしなさい」
「それって、先生が間違ってることもある、ということ?」
「さすがお父さんの子ね。そんなことにも気づいたの?」
母は嬉しいような悲しいような、見たことのない表情を浮かべた。
「でも違うの。先生はいつもみんなのことを考えてる。だから絶対に、言うことは聞きなさい。先生の言葉を守りながら、自分ができることを探せばいいだけ」
「そんなことできるかな」
「できるできる。だって国ちゃんは、とっても賢いお父さんと、とっても美人なお母さんから生まれたんだから」
戯けて目尻を下げた母の顔は、少し赤らんでいるように見えた。日中はいい天気だったが、今は火照りを感じるほど暑くない。晩酌をやめてしまったので、酔ったせいでもなかった。
「そういえば、範子ちゃんは元気? クラスのみんなと仲よくしてる?」
思いも寄らない話題になって、国生は目を白黒させた。黙々とエビフライを齧ってみせるが、それでも母はこの話題を流そうとしない。
範子は色白でふくよかで、内気な性格をそのまま形にしたような容姿をしている。極度に引っ込み思案なところがあり、教室では本ばかり読んでいて、範子についてそれ以上の印象を持っている同級生はほとんどいなかった。
「範子ちゃんのところも、お父さんがいないのは知ってるでしょ。でもね、近いうちにお父さんができるかもしれないんだって」
「嘘、そんなことない」
思わず口走っていた。母の表情がたちまち曇る。
「どうしてそう思うの? お母さんは、範子ちゃんのお母さんから直接聞いたんだけど」
耳たぶが燃えるように熱くなった。母はそれ以上問い詰めようとはしなかったが、微笑ましく思ったのか口元をうっすらと綻ばせている。