〝隣で立たされている同級生を、放ってはおけない──〟またしても、実家の母の姿がちらついた。

猿田に向かって、ゆっくりと頷いてみせる。猿田はたちまち相好を崩し、国生の背中を景気よく叩いた。

「よし、それならおまけだ。こいつもくれてやる」

猿田は運命を決するはずだったカードをつまみ上げ、国生の鼻先に突き出した。そこに描かれていたのは、ハートのJの澄まし顔。絵札のカードは0。つまりあのまま勝負を続けていれば、勝者は国生だったということだ。

「お嬢が二枚目にこれを引くとはな。ハートのJのモデルは、フランスの軍人ラ・イルと言われている。こいつはあの有名な女軍人、ジャンヌ・ダルクの最も忠実な戦友だったそうだ」

苦笑を浮かべた猿田が、国生の胸ポケットにハートのJを捩(ね)じ込む。

「歴史は詳しくないですけど、ジャンヌ・ダルクは結局火炙りになったんですよね」

深く考えずに返すと、猿田はカードが入っている胸ポケットを指差して、

「こいつが、捕縛された彼女の奪還に失敗したからな。六百年前の雪辱を晴らすつもりなら、今回はヘマすんじゃねえぞ」と言うなり、野太い笑い声を上げた。

純也が奥の廊下から戻って来た。彼は席を外している国生と猿田には気づかず、辺りを見回しながら元の席に着いた。世理に国生の行方を訊ねているようだが、彼女は黙って台の上を整理している。どうせすぐに戻ると踏んで、説明を億劫がったのだろう。

押し黙ったままの彼女を前に、純也は漫然と視線を泳がせながら呟いた。

「ところでさ、モンローちゃんの本当のサイズっていくつ?」動きを止めた世理は、上目遣いで純也を睨んでいる。

「国生には、マリリン・モンローのサイズを伝えたんだって? 冗談で上手くかわされたんだから、これ以上詮索するなって言ったんだよ。でも国生のやつが、どうしても知りたいって言うからさ。あいつ先に帰っちゃったんなら、代わりに教えてくんない? 後であいつに伝えておくから」

世理は小さく溜め息をつくと、国生に呼びつけるような横目を送った。

「両替してくれた。暴れる酔っぱらいを止めてくれた。あなた、すごくいい人。馬鹿だけど」

国生の盛大な失笑を聞いて、純也はびくりと振り向いた。そのきょとんとした顔が、さらに腹を捩れさせる。

猿田曰く、世理は誰よりも誠実だ。ただの気まぐれで、マリリン・モンローを騙(かた)るはずがない。学生食堂のガラス越しに焼きついた、目を見張る身体のライン。初めから彼女は、嘘などついていなかったに違いない。