一
湿った手を上着の裾で拭い、二枚のカードを慎重に捲る。目の前にハートの2とクラブの5が現れた。カードの数字を足すと7。バンカーサイドの世理は、手札の合計の下一桁が8か9でなければ勝てない。
口をきゅっと結び直した彼女は、ほんの少し表情を曇らせた。一枚目のカードを捲る。絵柄はスペードの3。二枚目が5、もしくは6以外なら即座に負けが決まる。
彼女はすかさず、二枚目のカードに手をかけた。依然として落ち着いているが、よく見ると微かに手が震えている。一枚のカードの裏に潜んでいる、非情なまでに極端な未来。そんなものに運命を委ねざるを得なかった悲哀が、国生の胸をきつく捩(よじ)れさせる。
彼女の親指が、ゆっくりとカードの縁に向かう。指の腹が縁に到達すれば、彼女は瞬時に勝負を決してしまうだろう。そうなればこのカードは、一方に勝利、そしてもう一方には敗北を宣言し、事前の取り決めに従って両者を縛ることになる。
「おーい、ストップストップ。お嬢、そのカードよこせ」
絶妙なタイミングで割り込んで来たのは、ずっと静観していた猿田の暢気な声だった。すぐさま世理が口を開く。
「だめ。これは、未来を決める、大事なカード」
彼女の親指は、すでにカードの裏に潜り込んでいる。それを見た猿田は一変して、激しい雷を落とした。
「待てと言ってるだろ! いいか、動かずによく聞け。その二枚目のカードは俺が買い取る。カードを伏せたまま、黙って俺の手に乗せろ」
「邪魔、しないで」
拒否されることを見越していたのか、猿田はすかさず言葉を継いだ。
「百万だ。百万円で買い取ってやる」
有無を言わさぬ語気に、さすがの世理も動きを止めた。
「どうして? こんなカード一枚に……」
「カード自体に価値なんかねえ。俺はこいつを買い取ることで、お前たちの未来に介入する」
猿田は遊戯台に身を乗り出して、彼女の中指の下にある未来を、半ば強引に抜き取った。真剣勝負に手を突っ込まれた世理は、ディーラーとしてのプライドが許さないのだろう、憮然として猿田を睨みつけている。
そんなことには目もくれず、猿田はカードの絵柄をちらと確認すると、すぐにジャケットの胸ポケットにしまい込んだ。