一
もったいつけるように一息ついた猿田は、嬉しそうに口元を綻ばせた。
「お嬢の饒舌なんて初めて聞いたな。こいつ誰だ? 彼氏か?」
「違います」
すぐさま否定したことが、余計に猿田を喜ばせたようだ。猿田は国生の顔色をちらちらと窺いながら、普段の世理の働きぶりを話し始めた。仕事の腕はかなりのもので、店からの信頼も厚いこと。
誰に対しても無愛想なくせに、やたらと客や同僚に人気があること。数えきれないほど男に言い寄られているが、彼女のお眼鏡にかなった者は一人もいないこと──。
「いい加減にして。この人、本当に、今日学校で、会ったばかり」
「でもなあ、偶然こんな所に迷い込むわけねえだろ。お嬢が誘ったんだよな?」
世理は苦い顔をして、そっぽを向いた。
「ちょっと、特別なことがあった。あと……、同郷」
そう言った途端、世理は目が覚めたような顔をして国生へ身を乗り出した。
「ねえ、私、ここを辞めるべき?」
唐突な問いと、期待に満ちた表情。ぎょっとせずにはいられない。
「あんなことの後だから、みんなバカラを、敬遠してる。空いてるし、私と勝負しない?」
言っている意味がわからなかった。彼女と勝負をする理由もなければ、そもそも賭ける金もない。
「私に勝ったら、何でも一つだけ、言うことを聞いてあげる。ここを辞めろって言うなら、すぐ辞めるし、他の要求でもいい。ただし、私が勝ったら、私の面倒をみて」
「面倒をみる?」
「私、もっと書く時間が欲しい。本気で童話に取り組みたい。でも、卒業して仕送りがなくなると、終わり。だから、居候させて。住む場所さえあれば、あとは貯金とアルバイトで、しばらくやっていける」
啞然とするしかなかった。だが彼女の真剣な眼差しは、冗談を言っているようには見えない。
「よく聞いて。この賭けは、負けても損しない。押し入れでも、廊下でも、寝る場所さえあればいい。ちょっとした家事くらいは、やってあげる。あと、確実に、早く書き上がる。もし、結末が気になってるなら、少しは、得した気分に、なれるかも……」
食堂で書いていた、リスの童話のことを言っているらしい。確かに少しは気になるが、だからといって今日知り合ったばかりの女性と同居というのはどうだろう。しかも、彼女の提案には大きな疑問がある。