「どうして俺なんだよ。親しい友達とか、信頼できる先輩とか、将来を約束している恋人とか、俺よりふさわしい人なんていくらでもいるだろ」
「そんなのいたら、最初から、そうしてる」
世理はきっぱりと言い切った。そしてとうとう説明の段階を終え、国生の目を見据えて説得の構えに入っている。
面喰らわずにはいられなかった。新卒というブランドを棒に振ってまで、売れるかどうかもわからない童話を書く。彼女は将来の不安を感じていないのだろうか。夢を叶えられる人間なんて、ほんの一握りだ。世間知らずの中学生じゃあるまいし、捨て身で夢を追うなんてどうかしている。
「カジノ初体験の俺と、自分の土俵で迎え撃つ君じゃ、公平とは言えないだろ」
「大丈夫。バカラは、技術も、知識も、関係ない。勝敗を分けるのは、運だけ。それともまさか、イカサマを疑ってる?」
ここで不正を企むような性格なら、暴漢に毅然と立ち向かったりはしないだろう。それに不正をするなら負けることはないので、一つだけ言うことを聞くなんて微妙な餌を提示するわけがない。もっと心が動きそうな報酬を並べ立てれば済む話だ。
「まさか、負くっとが、えすかと?(負けるのが、怖いの?)」
逡巡し続ける国生に痺れを切らしたのか、世理は挑戦的に呟いた。彼女のほうこそ、負けるのが怖くないのだろうか。
「いっちょん。ばってん、おいが勝ってもしょんなかろう(全然。でも、俺が勝っても仕方ないだろう)」
「若かとに欲んなかね。さしよりスリーサイズば確かめてみりゃよかたい。その目で(若いのに欲がないね。取りあえずスリーサイズを確かめてみれば? その目で)」
カチンと来て、思わず睨み返した。ここまで言われては、背を向けるわけにはいかない。
「だったら確かめてやる。いざとなって泣いたりするなよ」
世理の目がぎらりと光った。上手く乗せられてしまったような気がしなくもないが、こうなれば賭けに勝つしかない。
プレイヤーサイドへ二枚、バンカーサイドへ二枚。彼女の視線が選択を促す。国生は視線を重ねたまま、プレイヤーサイドを指差した。
もし負ければ、ややこしい同居生活が待っている。彼女は負けても損はないと言ったが、それはあくまで彼女の言い分だ。
自宅は居心地が悪くなるだろうし、揉め事だって起こるに違いない。周りからは当然、誤解される。運命の出会いなんて、同居が続く限り夢のまた夢だ。
【前回の記事を読む】「それより、どうしてこんなところで働いてるの?」素直な疑問だった。彼女にとっては大切な場所を軽んじてしまった。
次回更新は2月21日(金)、20時の予定です。
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