「代金はこの兄ちゃんに渡す。ただし、支払いには一つだけ条件がある」
国生へ向き直った猿田は、子供が見たらべそをかきそうな強面を近づけて、
「どうせお前のうちなんて、むさ苦しいワンルームか、よくても1DK程度だろ。百万やるから、お嬢とルームシェアできる部屋に引っ越せ。家賃は今より上がるだろうが、お嬢のことだ、上がった分くらいは出すさ。それが嫌ならこの話はなし。
俺が買い取ったカードはお嬢に返却するし、勝負も続行だ。もしお前が負けた場合、居候を迎えるだけの金があんのか? まさかお嬢の言葉を真に受けて、本当に廊下で生活させるつもりじゃねえだろうな」と捲し立てた。
国生は再び汗ばんできた手を、力一杯握り締めた。
「それなら賭けなんかやめて、彼女に直接金を渡せばいいでしょう。それで丸く収まる。俺は関係ないと思いますけど」
「お前、少しは気が利いてると思ってたが、案外鈍感なんだな」
猿田は心底呆れた顔をして国生の肩を小突くと、腕を摑んで壁際まで引っ張って行った。
「お嬢が人の好意を素直に受けるなら、こんな回りくどいことするか。あの器量だし、機転も利くから、言い寄る男は多い。
しかも、誰よりも誠実で自己主張がないとくれば、同性に嫌われる要素も皆無だ。だがな、お嬢は最低限の会話には応じるが、誰にも心を開こうとしない。
客はもちろん、ここの同僚やオーナーにもだ。どうせ学校や私生活でも、そんな感じなんだろう。俺の言いたいことがわかるか?」
確かにつっけんどんなところはあるが、心を閉ざしているような印象はない。そして世理をよく知っている猿田が、こうして自分を特別視している。どうやら猿田の目には、ここまで世理と交わしてきた何でもない会話さえ珍奇に映っていたようだ。
「猿田さん、あいつのこと好きなんですか?」猿田は軽く鼻で嗤って、
「若いってのは能天気でいいな。俺の娘も、生きてりゃあのくらいの歳だ。まあ、いずれお前にもわかる。いつまでも己で成そうとする虚しさ、次世代に託したくなる気持ちがな」と満足そうに呟いた。
バカラ台にいる世理が、退屈そうにこちらを眺めている。国生にだって、彼女が何を考えているかなんてわからない。ただ、彼女は窮地に立たされていて、自分に助けを求めていることだけは確かだ。
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次回更新は2月22日(土)、20時の予定です。
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