十分ほどで席を立った純也は、興奮した三角の目をして戻って来た。白い歯が覗いているので、首尾よく懐を温めてきたようだ。

「──マジ痺れた。通い詰める奴の気持ちがわかるな」

「おい、就職前だぞ」

「俺はまだ就職先、決まってないけどな」

いつもの調子でへらへら笑う純也が、今夜はたびたび頼もしく見える。かたや国生は、卒業も就職もほぼ決まっているというのに微笑む余裕すらない。もしかすると自分は、ひどくつまらない人間なのかもしれない。そんな不安が過(よぎ)りかけて、慌てて純也から目を逸らした。

店内の一角に新たな照明が灯り、身を潜めていた遊戯台が姿を現した。手荷物を抱えた女性が、店の奥から颯爽と歩いて来る。先ほどとは打って変わって、張り詰めた雰囲気の世理だ。

彼女は遊戯台のディーラー席に座ると、無駄のない手つきでゲームの準備を始めた。「真打ちのお出ましだ。国生も行くだろう?」

どうせ他にやることもない。席に着いた純也の後ろに立ち、世理の台を漫然と観戦する。

世理は二枚一組のカードを伏せたまま、別々のエリアに並べた。カードは一組ずつ、プレイヤーと記されたエリアと、バンカーと記されたエリアに置かれている。その後、プレイヤーサイドのカードは純也の前に差し出され、バンカーサイドは隣の会社員風の男に配られた。

この遊戯台に座っているのは、純也と会社員風の男だけだ。男は水色のワイシャツの首に、先ほど国生の目に留まった青のネクタイをだらしなくぶら下げている。かなり酔っているらしく、覚束ない視線を台の上へ漂わせて、今にも寝入ってしまいそうだ。

ネクタイ男はカードの端を捲って絵柄を確認すると、世理に素っ気なく突き返した。同じように純也も、二枚のカードを捲る。絵柄はハートの2とスペードの5。

世理が並べ直したバンカーのカードは、ハートのKとクラブの8。純也がベットしたチップは没収され、隣のネクタイ男には配当が差し出された。

気がつくと、バカラというゲームの緊張感に圧倒されていた。バカラは単純で簡潔なゲームだけに、勘所に意識を集中しやすく、一回の勝負が短いためテンポもいい。後ろで観戦しているだけでもこれほど没入してしまうのだから、実際に身銭を切っている純也は尚更だろう。

ゲームが十五回ほど進行したときだった。ふと嫌な空気を感じて辺りを見回した。違和感の正体はすぐにわかった。斜め前に座っているネクタイ男が、こちらをぎろりと睨みつけている。