「ここは、食事も、飲み物も、無料。寛いでいって。あと、そっちの彼」世理は純也へ向き直ると、「お昼は、両替、ありがとう。煙草も、無料だから。カウンターで、頼んで」と言って、ほんの少しだけ微笑んでみせた。
「礼はいいって。それより聞きたいことがあるんだけど」
口元を強張らせた純也は世理に歩み寄り、周りを気にしながらぼそりと囁いた。
「ここって裏カジノだよな。俺たち、ここで遊ぶほど金持ってないぞ」
「わかってる。無理して、遊ばなくていい。飲食目当てのお客さんも、結構いる」
改めて店内を見回すと、確かに遊戯台に向かっている客よりも、立ったまま他人のゲームを観戦したり、カウンターで飲食をしている者のほうが多い。「じゃ、行くから。どうぞ、ごゆっくり」
世理は二人に黄金色のカクテルを手渡すと、薄暗い奥の通路へと消えていった。
「モンローちゃん、学校とは大違いじゃん。正しいサイズを訊きに来た甲斐があったな」
純也はそう言って、晴れ晴れとした笑みを浮かべた。どうやら早くもこの状況を楽しんでいるらしい。つい苦笑が漏れた。彼のように屈託なく生きることができたら、人生はどんなに小気味好いだろう。
それほど広くない店内に二十人ほどの客。間仕切りのような遮蔽物はないので、一目でフロア全体を見渡すことができる。店内で最も目を引くのは、スポットライトを浴びた遊戯台の羅紗(らしゃ)の緑だ。
そして羅紗の上に塗られた赤の領域は、ギャンブルの熱狂によって燃え上がった炎のようにも見える。
ルーレット、大小、セブンカードスタッド、ブラックジャックと、純也は様々な台をひと通り見て回っている。その後ろ姿は、縁日を楽しむ子供のようで微笑ましい。
吟味を終えた彼は、三個のサイコロの出目を予想する大小という遊戯台の席に収まった。彼が握っている数枚のチップは、縁日の子供が握り締めている百円玉とは比べ物にならないほど高価だ。
それがほんの数十秒で吹き飛んでしまうようなゲームを、ここでは夜通し重ねていくこともできる。どの遊戯台にも、ディーラーの手元には選挙の投票箱のような切れ込みが入っており、両替で受け取った札がその切れ込みへひっきりなしに滑り落とされていく。
そんな光景を幾度となく見せられるのだから、どんなに気を張っていてもすぐに金銭感覚がおかしくなってしまうだろう。
【前回の記事を読む】スリーサイズを聞いた女性からの誘いで、バイト先のカジノバーへ向かう二人。そこは物騒な噂が絶えない区画で、危険な香りが漂い……
次回更新は2月17日(月)、20時の予定です。
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