部屋の中は春の光でいっぱいだった。

普段は人気(ひとけ)のある図書館も、昼下がりの今は静かだった。

大きなつづれ織りの壁掛けも、そして、天井まで届く栗の木の書棚も、春の日差しの中で午後の夢を見ている様であった。

この図書館は、フェラーラの領主エステ家のもので、イザベラの父エルコレ一世がこの様に充実させたのである。

時は15世紀、イタリア全土はまさにルネッサンスの春を迎えていた。

そして、中世以来のエステ家の努力が結実し、今やフェラーラは「芸術の花咲く国」として名高かった。

イザベラは書棚からいつもの本を取り出した。

部屋には大きな大理石のテーブルが二つあり、イザベラがいつも使っている窓際のテーブルは今日は彼らに占領されていた。

イザベラはもう一つのテーブルに歩み寄り、そっと本を下ろした。その途端、部屋の中いっぱいに、その音が微かに反響するのが聞こえた。

イザベラは昨日の続きを読み始めた。

しかし、今日は背後の彼らの話し声がどうしても気になり、少しも先へは進まなかった。

    

やがて、少年たちはフェンシングの話を始めた。

イザベラの背後で少年たちは、とうとう剣を抜いて、図書館という場所もわきまえずその若者に手取り足取り教えてもらっているらしかったが、イザベラは何故か振り返って見ることが出来ず、ただ全身全霊で若者の話に聞き入った。

剣の持ち方から戦場での心構えまで、若者は請われるままに少年たちに語って聞かせた。その言葉の一つ一つにイザベラは涙が出るほど心を揺さぶられた。

       

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