気を落ち着かせるように横川は冷静に口をひらいた。顔色には疲労の具合が見て取れる気がした。

「はい、何度も伺っており恐縮なのですが、改めて久原さんが失踪する時のことをお聞きしたいのです。およそ三ヶ月前の九月三十日。その日に何があったのですか」

「その日は真波からの連絡が途絶えた日でした。つまり前日の二十九日に、私たちは夕食をとりました。いつも通り仕事や、これからの生活のこと、そんな何気ないことを話していました。そして、午後十時すぎに、翌日の映画の約束をして別れました」

「一緒に生活はされていなかったのですね」

「ええ、職場へのアクセスなどの理由です。私も当時はかなり会社からのノルマも責任も重くて、真波との時間を作れてはいませんでした。ただ休日は互いの家に行き来することはありましたので半同棲のようなものでした」

「職場というと久原さんのお仕事は確か美術教師でしたでしょうか」

横川のつけた香水の匂いが強いのか、三好は鼻をむずむずとさせた。周囲には人がちらほらと往来し、エレベーターの止まる音がロビーには響いている。

「ええ、2年前くらいから藤市にある藤中学校で非常勤として働いていました。もともと真波は美大出身で水彩画を専攻していました。その頃に描いた作品がコンクールで入賞したりもして、結構注目されたというのは聞いたことがあります」

「他に何か気になることはありませんか」

三好はメモを取りながら訊いた。

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次回更新は2月14日(金)、21時の予定です。

 

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