私の将来を心配してくれる西の助言に返す言葉がなく、小鳥みたいな小さな声で「わかった。西の言うとおり補欠募集の受験を受けるよ」と垂項(うなだ)れた。

「ほら、昨日言ったようにマツは、補欠募集の試験を受けるようになると言っただろう。俺の裏技に間違いない。ハハハ」と高笑いをした。

そして、諭す助言に優しさを感じた。

私は、項垂れて返す言葉もなかった。西が薦める保谷工の補欠募集の受験勉強を始めることに同意した。狭い家に上がるのに靴を脱いでもらい、西を自宅に招いた。

家の中には、亡くなった母親が使っていたシンガーミシンが一台残してあった。二月なので寒いので小さなガスストーブに点火して、暖を取りながら高校卒業までの費用についても促された。

「マツ、メモ用紙と鉛筆を貸してくれ」

との西の求めに応じて、裏が白紙の広告用紙と鉛筆を渡すと、メモを取りながら三年間の学費を算出した。

「昭和学園の月謝は、幾ら?」と問い掛けられた。

「月謝は一ヶ月五千円、施設費用は、年に二万円掛かる」と答えた。

「月謝が年間六万円と施設費用二万円。そうすると、年額八万円! 結構な金額だ」西がメモを取りながら言った。高校進学に掛かる一年間の学費を今まで一度も考えていなかったことに気付かされた。

高齢な父親に、親として高額な学費を負担してもらおうという身勝手な行為に申し訳ないと思った。

     

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