深海のダイヤ

家族旅行で行った夜の市の雑貨店にぽつんと置かれていた、夜光貝の魚が泳ぐ黒い漆塗りの箱。その中には赤いビロードが敷かれていた。普段ものを欲しがらない雪子には珍しく母にねだったが、「子供には高価だ」と一蹴された。だから母の財布からお金を抜き取って、夜にこっそり買いにいった。

物欲には乏しいが、幼い頃から一度欲しいと思ったら我慢できる性質ではなかった。これと思ったものは、それがどんなに高価だろうと入手困難だろうと、手に入れなければ気が済まない。猫の置物、振袖、静かな環境、どんなものでも手に入れてきた。

今、雪子はすべてを持っている。

静かで清潔な家、満足のできる仕事、周囲に羨まれる従順な夫。これまで、ほかに欲しいものはなかった。だが、今は違う。望めば、すべてを壊してしまう予感があったが、ダイヤモンドへの欲求は抑えられなかった。

人間は泥水と同じだ。

いくら表面をきれいな上澄み液で取り繕っても、底には大なり小なり、醜くぶざまな泥が積もっている。それでも自分をちょっとでもマシに見せようと、泥を沈めて取り繕っている。見かけだけきれいな上澄み液なんて飲めやしないし、ちょっと掻き混ぜればみんな同じ泥水なのに。

雪子は、人よりちょっと泥の濃度が濃くて均一に混ざっている。それだけのことだ。

昔からあまりものに執着しない性質だったが、一度なにかに惹かれると、しばしば手におえない衝動となる。

幼い頃、衝動を我慢しきれず、同級生の家で置物を盗んだことがあった。