目に緑の石がはめ込まれた黒猫の置物だった。バービー人形や安っぽいビーズのネックレス、シルバニアファミリーのセットなどが家宝の如く飾られた子供部屋で、その置物だけが上品で秘密めいた雰囲気を醸し出していた。
クラスメイト(確かマミという名前だった)が、海外暮らしの叔父から貰った特別なものだったらしい。マミがトイレに立った時、雪子は反射的に置物を鞄の中に入れた。
数日後、置物がないことに気がついたマミが、学校で大騒ぎした。
だが、自己顕示欲の強いマミは部屋に溢れる玩具を見せびらかすために、日頃から大勢の友達を招いていたし、彼女は片づけが得意ではなかった。結局、成績も素行もよかった雪子が疑われることはなく、失くしてしまったのだという結論に落ち着いた。
その後も雪子は何度か同じようなことをしたが、普段から真面目で優しい人間を演じていたので、一度として疑われたことはなかった。
その気になれば人を騙すのは簡単だ。とはいえ稼ぎのいい伸親と結婚してからはそんなリスクの高いことはしなかったし、そこまでして手に入れたいものもなかった。今回、久しぶりに起きた衝動はあの時と同じ、いや、以前よりもずっと強かった。
一つじゃ足りない。もう一つ欲しい。次の材料を探さなければ。
雪子はうっすらと、唇を持ち上げた。
田所を殺す際、万が一、警察が殺人で捜査を始めた場合のカモフラージュにと準備した変装用のセットは、まだまだ出番がありそうだ。
「ちょうどよかった。結構、高かったし」
高さのあるインソール、靴底が十五センチの男性用シークレットブーツ、メンズのジーンズにジャンパーとつばが広めのキャップ――自分のように小柄な女は案外目立つ。いっそ身長を伸ばして男を装えば、いいカモフラージュになるかもしれない。そんな子供じみた思いつきで揃えた一式だ。
なかなかの出費で使い捨てにするのはもったいないと思っていたが、思いがけずこの先も出番がありそうだと嬉しくなる。