《―●月XX日未明。10代の少女が死体遺棄の疑いで逮捕されました。妊娠4カ月から5カ月ほどとみられる赤ちゃんを自宅で流産したのち、かかりつけの婦人科クリニックを受診しようと考えましたが、この時期は休診しており、金銭的な余裕がなく、他の病院の受診をためらってしまい、かかりつけのクリニックが再開したら受診しようと考えたと述べ―腐敗を防ぐために、冷蔵庫に一時保管することにした、ということです。》
想像ができない僻地にある彼ら「若者」の行動規範は、喜美子を震え上がらせた。
「私の少女」の顔が浮かぶ。「私の少女」に限って妊娠などあるはずがない……。
画面を視界の外へ追いやると、バーチェアの硬さが尻に伝わってきた。騒がしい。後方のラウンドテーブルは四卓全てを人が囲む。「新宿」にふさわしく生命力を誇示している連中は、実際には喜美子のほうが身長は高いが、遠目の彼らは巨大に見えた。
―と、入り口が開き、だぼつくパーカー姿の小柄な人物が姿を現した。段々に下がり、一番低いフロアのカウンターへ、席を三つ離してその“少年”は座った。店内を見回す振りをして少年の横顔を盗み見る。大きめのマスクと深く被った帽子が顔の輪郭を隠している。「新宿」に似合わない〈少年性〉を纏っている。
直接造形を目にしなくてもオーラが体中から出て、彼が〈アイドル〉であると物語っている。誰かを待っているのだろうか。何かに怯え、縮こまり、注文したドリンクができあがっても、視線はサングラスを突き抜けてスマホに刺さったままだ。
―と、ふたたび、後方で入り口が開く音がした。フロアを踏む軽快なステップが、人物の容姿を想像させる。小さな足から伸びる細い脚、小振りな腰とくびれのない直線的な胴体、繊細な腕が分かれ、美しい鎖骨と首に、丸い頭が乗っている。
喜美子は反射的に席を立ち、店の奥の化粧室へと身を潜めた。雑音とBGMの狭間から、夏を思わせる溌剌とした少女の声が聞こえた。
【前回記事を読む】「赤ちゃんが欲しい」というのが気持ち悪い。命を「欲しい」だと? そんなに自分の人生をオススメできるのか?
本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。
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